元来のオタク気質から、時計の情報収集をSNSで始めたtk-chronoさん。今や、SNSは情報のためのみならず時計愛好家との幅広い交流ツールにもなっている。世の中にたくさんの時計があふれているように、時計愛好家も、十人十色だ。時計の選び方や付き合い方に、唯一はない。彼は、時計に対しても、時計愛好家に対しても、多様な価値観を尊重し続けた。結果、彼は縁に恵まれ、豊かな時計愛好家人生を送っている。

東京都内で4代目として家業を継ぐ。学生時代からオタク気質で、興味を持ったジャンルはとことん調べ上げてきた。現在のSNSアカウントは時計趣味に特化。日々ローテーションして使っている腕時計を、風景や食事などとともに投稿する。自身が蒐集の軸に置く、“使える腕時計”を楽しんでいることがうかがえる。
Photographs by Yu Mitamura
鶴岡智恵子(クロノス日本版):取材・文
Text by Chieko Tsuruoka (Chronos Japan)
Edited by Chronos Japan (Yukiya Suzuki, Yuto Hosoda)
取材協力:VESPER CLUB https://www.vesper-club.com/
[クロノス日本版 2024年3月号掲載記事]
「さまざまな考えの愛好家と多様な付き合いをすることで、“時計趣味”の裾野を広げました」
取材当日に見せてもらったtk-chronoさんのコレクションは、実に多彩であった。スポーツウォッチ、ドレスウォッチ、複雑時計、人気ブランドからマイクロブランドのモデル、さらには最新モデルから1990年代に製造されたセミヴィンテージに至るまで……。購入元も正規販売店に限らず、中古時計店や、インターネットを介して買った個体もあるという。この“多様性”こそ、彼の時計愛好家人生を象徴する価値観でもある。
tk-chronoさんは、老舗企業の4代目だ。祖父、父ともに時計好きで、今回、形見として祖父から受け継いだパテックフィリップ「カラトラバ」Ref.2525や、父から受け継いだオーバル型ケースの手巻きのオールドピアジェも見せてくれた。父が時計を購入する際、tk-chronoさんがオーデマ ピゲの「ロイヤル オーク」を見繕ったというエピソードもある。

とはいえ、彼は幼少期から常に時計に触れ、時計愛好家として早熟であったわけではない。初めて自分の腕時計を所有したのは、小学校低学年の時。親から与えられた、『トムとジェリー』が描かれた国産クォーツウォッチだ。時間の読み方を覚えるのに使った。その後、中学時代、海外旅行で行ったハワイの免税店で、タグ・ホイヤーのクォーツウォッチを手に入れた。自発的に欲しいと思った、初めての腕時計であった。「3針のクォーツウォッチで、スポーティーなブレスレットや、回転ベゼルを操作する際の“カリカリ音”が好きでした」。
高校では水泳部に入部。腕時計を着ける機会は少なくなった。しかし、このタグ・ホイヤーウォッチを所有することに対する、特別な思いはあった。「今のように、常日頃からは着けてはいませんでした。でも、〝持っている喜び〞はありましたね」。

(右)H.モーザー「マユ」。この腕時計を知った当初は「よく分からないブランド」だったという。が、調べていく中で実用的な仕組みや針の造形、ブランドの姿勢に引かれ、実物のオーラを目の当たりにしたこともあり、購入した。
では、彼が時計愛好家となり、現在のコレクションに至るきっかけとなったのは、どの時計であったのだろうか。それは2000年代初頭、ドイツの時計店で購入した、パネライ「ルミノール ベース」だ。文字盤は白。搭載ムーブメントは手巻き式のETA6497である。それ以前にカルティエの「パシャC」も購入していたが、時計蒐集のトリガーとなったのはパネライであり、このモデルは、今なお彼のSNSに登場する。
「海外留学中、休暇を利用してヨーロッパを周遊した際、ドイツのフランクフルトの時計店にふらっと立ち寄りました。パネライ目当てで店内を見渡したところ、好みの1本が展示されており、購入しました。パネライに引かれた理由は、リュウズガードやデカ厚ケースなど“デザイン”はもちろんのこと、手巻き式ムーブメントを搭載し、そしてそのムーブメントを眺められる“裏透け”であったことが大きかったです。その前に買っていたパシャCで自動巻きを初めて知り、衝撃的でした。動かすのに、電池いらないんだ、って。そして、初めての手巻きで、毎日時計を愛でる時間を持つ喜びを知りました」
(右)父の存命時に、tk-chronoさんが勧めたオーデマ ピゲ「ロイヤル オーク」。当時、“知る人ぞ知る”といった知名度のジラール・ペルゴも購入候補であったというから、父親も相当な好事家だ。
また、tk-chronoさんは腕時計を購入する際は、徹底した情報収集を行い、欲しい腕時計について調べ上げるという。
「もともと、オタク気質なんです(笑)。中学、高校時代はアニメや漫画が好きで、雑誌などで情報を集めました。大学生になると、今度は格闘技を見るのが好きになって、やっぱり情報をかき集めました。ものを買う時、例えば家電や洋服を買うにしても、調べる過程が楽しいですね」
tk-chronoさんが感じる情報収集の醍醐味は、“楽しさ”だけに留まらない。満足のいく購入体験にもつながっている。「行間の情報というか、知っていて見るのと、知らないで見るのとでは、手にした時の感動が違う。例えば高級時計の手仕上げとか。同じ100万円払うなら、スッゲーいい100万払った! って思いたいから、情報収集するんです」。

情報収集源としていたもののひとつが、インターネット掲示板であった。webChronosのSNSも利用していたという。こういった情報収集を長年行っていく中で、tk-chronoさんは、別の楽しみに出合う。仲間との交流である。
「掲示板を使っていた頃は楽しかったけれど、基本的には購入相談がメイン。当時はまだ、しょっちゅう腕時計を買うというわけでもないし、購入すると(SNSの利用は)一段落つきました」
しばらくはそういった掲示板からも離れ、「ひとり悶々としていた」。しかし、19年頃にインスタグラムなどの主要SNSで時計趣味用のアカウントを作成。このアカウントをきっかけに、「時計趣味のスタンスや、楽しみ方が変わった」という。「人とつながる面白さと、海外の情報が入ってくる面白さの両方が味わえました。交流を通じて、雑誌では分からない情報が結構入ってきて。いろいろな時計が、良くも悪くも目に入るようになりました」。

この時計趣味用アカウントを始めたことで、購入に至った腕時計も少なくない。とりわけマイクロブランドは、SNSでの交流がなければたどりつかなかっただろうと語る。そんなブランドのひとつ、MINGは、インターネット上の情報サイトで出合い、実物を見ることなく購入した。ちなみに、このインターネットでのMINGの購入で、tk-chronoさんは時計愛好家の仲間内で“ポチリスト”と呼ばれるようになる。欲しい腕時計をインターネット上で見つけたら、即座に購入ボタンを“ポチッと”押す人物、という意味合いだ。
「実際は(インターネット上で)買うことはそんなに多くないです。だいたい店頭で買っている。なのに、みんながそうからかう(笑)。そもそも、ポチリストって僕が作った言葉なんですけどね(笑)」。そう明るく語るtk-chronoさんからは、時計愛好家仲間との交流を、心底楽しんでいる様子がうかがえた。直接会って楽しむ“オフ会”にも参加するようになり、いっそう親睦を深めていった。

この交流が結んだ縁が、メインカットで着用しているローマン・ゴティエ「インサイト・マイクロローター」のパーソナライズモデルだ。「時計趣味の仲間内でローマン・ゴティエの時計を見せてもらっていました。仕上げも素晴らしいし、時計もムーブメントも面白いし、興味を持ちましたね。そんな中で、ローマン・ゴティエの腕時計は所有していないのに、ディナーイベントに参加でき、本人に会えました。さまざまな話をするうちに、ゴティエさんの人柄に引かれて。とはいえ、上客でもない自分がカスタムオーダーできるものではないだろうと思っていたら、なんと1本目の購入からできるというので、憧れの初パーソナライズモデルをお願いすることにしました」。
なお、ローマン・ゴティエのパーソナライズモデルのオーダーに当たって、デザイン面で協力を得たのも、SNSがきっかけで知り合った時計愛好家仲間のNさんだ。tk-chronoさんは自分自身の好みを伝えたうえで、デザイナーの顔を持つNさんに、デザイナーとして気になっているところを聞き、アドバイスを求めた。「Nさんが僕の草案を、まずコンピューターグラフィックスに起こしました。そこからNさんのアドバイスを反映しながら作り上げたデザインが、僕の好みにはまりました。彼が、僕の好みを理解しているからこそ出来た1本です」。

ローマン・ゴティエ側も、tkchronoさんからのオーダーはすべて受けてくれたという。こうして23年10月に手にすることができた、オンリーワンの腕時計。購入後から、tk-chronoさんのSNSでよく登場するコレクションのひとつである。一方で彼は「(所有する時計は)ローテーションして、すべて着ける。集めて置いておくというのは趣味じゃない」という信念も持つ。「(オーデマ ピゲ)『ロイヤルオーク ダブル バランスホイール オープンワーク』を着けた翌日に、フランク ミュラーのセミヴィンテージを着けるとか、楽しくないですか?(A.ランゲ&ゾーネ)『ランゲ1』を着けた翌日に、(ロレックス)『GMTマスター Ⅱ』とか。そのギャップを楽しむ。こういった多様性、方向性の“ぶっとび感”が、時計の楽しいところです」。
彼の時計との付き合い方がそうであるように、いろいろな仲間と交流し、新しい価値観を取り入れていくtk-chronoさんは、いつも“多様性”を尊重してきた。「時計仲間にも、おのおので異なる世界がある。『新日本プロレス派』と『全日本プロレス派』みたいな(笑)。(異なる世界同士は)相入れないこともあるけど、僕はどちらとも付き合うんです。僕は本来オタクで、例えばヒゲゼンマイの話なんかをしてるのが好きなんだけど、『かっこいいから』って理由だけで買う気持ちも分かる。時計ってアクセサリーだし。多様性ですよね」。
tk-chronoさんが喝破するように、時計愛好家とひとくちに言っても、十人十色だ。そんな中でそれぞれの多様性を尊重し、自身の時計趣味、そして時計仲間同士の交流という裾野を広げる。彼の今後の時計愛好家生活は、いっそう豊かになっていくに違いない。