ケースの製造に切削を用いることで、独自のデザイン、ムーブメント、素材による唯一無二の時計作りを加速させたウブロ。サファイアクリスタルやSAXEMといった新素材を採用したケースと、独自の機構を盛り込んだムーブメントを高度に融合させた時計は他に類を見ない。そんな同社を象徴するユニークなモデルたちを紹介しよう。

Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
吉江正倫:写真
Photographs by Masanori Yoshie
Edited by Chronos-Japan (Yuto Hosoda, Yousuke Ohashi)
[クロノス日本版 2025年5月号掲載記事]
ケース構造の可能性を広げた新素材と切削技術
2000年代以降大きく変わった製法と素材。その恩恵を最も受けたのは、間違いなくウブロだろう。1980年に創業された同社は長らく、冷間鍛造でケースを製造していた。当時の同社のカタログで目を引くのは、ニヨンの工場に置かれた複数のプレス機械だ。こういった製法はウブロの時計にスポーツウォッチ並みの強固さを与えたが、半面、その造形は現在のように多様ではなかった。
社内にR&Dチームを擁するウブロは、サファイアクリスタルの研究開発を続け、業界をリードするメーカーだ。新しいサンブルーはケースすべてをサファイアクリスタルで製造し、幾何学的な模様を全面に施した。ツヤを強調したウブロ独自の仕上げが、多角形ケースを際立たせる。自動巻き(Cal.HUB4700)。31石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約50時間。サファイアクリスタルケース(直径42mm、厚さ15.7mm)。5気圧防水。世界限定100本。1959万1000円(税込み)。
大きく変わったのは2005年だ。ウブロは鍛造の代わりに切削でケースを作ろうと考えたのである。そして、別々に製造したケース部品をサンドイッチのように重ねて、ひとつのウォッチケースを作るというアイデアを見いだした。これならば、サイズの制約を受けずに、さまざまなムーブメントを載せられるし、複数の素材を使用して、ウブロらしさを表現できる。同社は切削による多層的なケース構造と、それが可能にするさまざまな素材を組み合わせた腕時計を、「ビッグ・バン」と命名した。
2000年代に入ると、ウブロだけでなく、多くのメーカーとサプライヤーがケースの製造に切削を用いるようになった。しかし、これらの多くは鍛造を切削に置き換えただけであり、今までよりも少量多品種生産がやりやすくなった、程度のメリットしかなかった。一方のウブロが目指したのは、デザインとムーブメント、素材のさらなる独自化による唯一無二の時計作りを加速させることだった。
削ってケースを作る手法によれば、より複雑な造形が可能になる。そして機械が進歩し、切削のノウハウを蓄積できれば、冷間鍛造では不可能だった、金属以外の素材も加工できるようになる。いち早く切削に着目したウブロが、以降、サファイアクリスタルに代表される鍛造では加工できない素材に傾倒したのは当然だった。そしてこの方向性は、ウブロを一層デザインに傾倒させた。
そんなウブロを象徴するのが「スピリット オブ ビッグ・バン サンブルー サファイア」だろう。これは著名なタトゥーアーティストでサンブルーの創設者であるマキシム・プレシア- ビューチとのコラボレーション。16年以降続く、幾何学モチーフと時計を融合させるという試みは、ついに加工の難しい多面カットのサファイアクリスタルに至った。当時のCEO、リカルド・グアダルーペが「(この試みは)私たち自身を向上させる原動力となっています」と述べたのも当然だろう。

自動巻き(Cal.HUB9013)。66石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。Tiケース(縦54.1×横41.5mm、厚さ22.4mm)。3気圧防水。世界限定50本。3767万5000円(税込み)。

もっとも、ウブロのユニークさはそこに留まらない。「MP-10 トゥールビヨン ウエイト エナジー システム チタニウム」は、ムーブメントの巻き上げに上下に動くリニアウェイトを採用したユニークなトゥールビヨンウォッチだ。そのムーブメントを際立たせるために、斬新なケース構造が開発された。普通、こういった場合は既存モデルに寄せてケースを作っていく。しかし、ケースの製造でノウハウを蓄積したウブロは、自らのユニークなコンセプトを存分に表現した時計を作れるようになったのである。

垂直方向に動くリニアウェイトには、ショックアブソーバーが内臓。結果、巻き上げ時の衝撃が抑えられている。なお、巻き上げおよび時刻調整用のリュウズはケースバックに格納される。
「ビッグ・バン MP-11 14デイ パワーリザーブ ウォーターブルーサファイア」も同様だ。長時間駆動のため、マルチバレルを同軸上に垂直に配置。その存在をデザイン要素に転化して、サファイアクリスタル製のケースを大きく盛り上げたのである。ユニークだが、そのまとまりは非凡というほかない。今や内外装を同時に開発できるメーカーは少なくないが、これほどのバリエーションを、作れるメーカーは他にないだろう。

手巻き(Cal.HUB9011)。39石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約14日間。ウォーターブルーサファイアクリスタルケース(直径45mm、厚さ14.4mm)。3気圧防水。世界限定50本。2336万4000円(税込み)。

7つの香箱が圧巻のCal.HUB9011。2番車以降の輪列を地板の半分に収めたことで、香箱のスペースを巧みに確保している。これをムーブメントに対して垂直に配置することで、直径は34.8mmに抑えられた。
非常に珍しいグリーン SAXEMを採用した「ビッグ・バン トゥールビヨン オートマティック グリーン SAXEM」は高度に統合された内外装が特徴だ。SAXEMの透明感と鮮やかな発色を強調すべく、トゥールビヨンムーブメントは香箱とローターが同軸に置かれ、さらに針合わせ機構なども小さくまとめられている。見た目のために機構を整理するのは、今や各社が取り組む課題だ。しかし、本作が示すように、ウブロの完成度は頭ひとつ抜けている。

自動巻き(Cal.HUB6035)。26石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。グリーン SAXEMケース(直径44mm、厚さ14.4mm)。3気圧防水。世界限定18本。3164万7000円(税込み)。


可能な限りパーツを重ねたムーブメント設計から、スケルトンモデルへの搭載を念頭に開発されたことが分かる。サファイアクリスタルやSAXEMのケースを持つ、ウブロの強みが生かされるムーブメントだ。
機構とデザイン、素材の高度な融合で言えば、「MP-13 トゥールビヨン バイ-アクシス レトログラード ブラックカーボン」がその代表作だ。6時位置の2軸トゥールビヨンを強調すべく、テキサリウムとカーボンを採用したケースには大きな切り欠きが設けられた。そして切り欠き部分から2軸のトゥールビヨンを見せ、その動きを堪能できるよう、時刻表示をレトログラード式に改めたのである。
いち早く切削に取り組むことで新素材への道を拓いたウブロ。しかし同社は、そこで歩みを止めなかった。内外装の高度な融合を成し遂げたウブロは、今やデザイン、素材、ムーブメントの独自性によって、ウォッチメイキングの在り方を根本から変えようとしている。
2軸のトゥールビヨンにバイレトログラードを合わせた超大作。あえて美観のためにレトログラードを選んだのは「らしい」。6時方向に大きく風防を伸ばしたのは、自社でサファイアクリスタルを成形するウブロならではの試みだ。手巻き(Cal.HUB6200)。44石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約96時間。カーボンファイバー×ブラックテキサリウムケース(直径44mm、厚さ16.7mm)。3気圧防水。世界限定50本。2411万2000円(税込み)。