中国の明代から清代にかけて一世を風靡し、皇帝の一族にも好んで用いられた「海水江崖」のモチーフ。ヴァシュロン・コンスタンタンは「メティエ・ダール ─ 伝統的シンボルに敬意を表して─」と題し、超絶的な技法を凝らしてそのモチーフを解釈したタイムピースが、昨年発表された。

「永遠の流れ」ではクロワゾネエナメルの技法を駆使して屹立する岩山と寄せる潮流、砕ける波濤のイメージを多色の色彩で描き出す。明・清の皇族の衣装では色とりどりの刺繍で表現されたシンボルを、色毎に施釉しては焼成を繰り返すエナメルで華麗に構成してみせた。「月光」は伝統的な海水江崖のシンボルを高度に抽象化したピュアな造形を、グラン フー エナメルによるモノクロームの地に施された手作業の彫金とジェムセッティング、シャンルヴェエナメルの高等技術でコンプリートした。自動巻き(Cal.2460)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。(右)18KWGケース(直径38mm)。(左)18KPGケース(直径38mm)。両モデルともに各15本限定。
Photographs by Takeshi Hoshi (estlleras)
並木浩一:文
Text by Koichi Namiki
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年5月号掲載記事]
ヴァシュロン・コンスタンタン「メティエ・ダール─伝統的シンボルに敬意を表して─」
ヴァシュロン・コンスタンタンは、中国の「海水江崖」をモチーフにした「メティエ・ダール」を発表した。
海水江崖文様は、14世紀の明を経て清の時代に発展したものだ。そびえ立つ岩に激しく打ち寄せる波を描いたモチーフは富と繁栄を象徴し、皇族が官服に独占的に用いた。例えばスミソニアン博物館が所蔵する康熙帝第13皇子・胤祥(いんしょう)の肖像画では腰と腿部、さらに裾を取り巻くように文様をちりばめている。ラスト・エンペラー溥儀の戴冠式の現存する衣装も、海水江崖が刺繍されたものだ。文様が琉球王家に伝わって製作された「黄色地鳳凰蝙蝠宝尽青海立波文様紅型綾袷衣裳」は、我が国の国宝として知られる。

陶磁器や槍旗など、海水江崖の逸品の多くは北京の故宮博物院に収蔵されている。ヴァシュロン・コンスタンタンは博物院の元副研究館員の協力を得てその文化を腕時計にインターテクストした。
「メティエ・ダール ─伝統的シンボルに敬意を表して─ 永遠の流れ」は、クロワゾネエナメルによって海水江崖を華やかな色彩で描く。金のリボンで輪郭線を描くクロワゾネ=有線七宝はジュネーブの伝統工芸である。いっぽう中国では、主に銅線を使用する中国版クロワゾネ=景泰藍が明代から伝承されている。ふたつの文化は、メゾンの熟練職人の手で融合し、昇華した。金線を敷き詰める作業だけで50時間以上、色を重ね、繰り返し焼成する工程でさらに70時間以上。独特の光沢と深い色合い、華麗な彩色は他に例を見ない。
もう1本の「メティエ・ダール ─伝統的シンボルに敬意を表して─ 月光」は、グラン フー(高温焼成)エナメル、彫金、ジェムセッティングの技法を駆使し、海の動きと波の力強さを繊細に表現する。海の部分は単色無地ではなく、幾重にも塗り重ねて焼成を繰り返すグラン フー エナメルに彫金の技法で渦巻き模様を描いてホワイトエナメルを満たし、さらに焼成と研磨を施したものだ。岩に打ち砕けて月光に輝く波濤は、ひとつひとつ手作業で繊細にクローズセッティングされたブリリアントカットダイヤモンドで描き出された。岩山と寄せる潮流は、シャンルヴェエナメル(象嵌七宝)で高度に抽象化されたシルエットを映す。
間違いのない芸術的理解にもとづく、西洋から東洋の異文化へ向けた眼差し。ヴァシュロン・コンスタンタンの超絶技巧は、その腕時計が込めた最大限の敬意を、明らかに示すのである。