現在もカルト的人気を誇る『ストップ!!ひばりくん!』の生みの親、江口寿史。50年近くに渡り日本のポップカルチャーを牽引してきた彼の情熱は、今や時計の世界にも向けられている。その凝りようは半端ではない。インスタグラム上で公開された彼の最新の宝物は、57年前に誕生したセイコー「ナビゲータータイマー」だ。その世代を超えて愛される機械式時計の魅力をお届けする。

Text by Yukaco Numamoto
土田貴史:編集
Edited by Takashi Tsuchida
[2025年4月13日掲載記事]
画業50周年に迫る現在も日本のポップカルチャーの象徴として活躍中
現在、秋田県横手市の「横手市増田まんが美術館」において、江口寿史の原画展が開催されている。この美術館は、主要都市圏からのアクセスが便利な場所とは言えないものの、開催初日となった2025年3月22日のサイン会客数が当初の見込みを下回ったのか、江口寿史本人が「人が全然来ません」「みんな来てー」とXで悲鳴をあげたことは記憶に新しい。
「25年ほど前に大分でサイン会した時にも全然人が来なくて、一番前に犬が待っていてひっくり返ったことがありましたが、それ以来の集まらなさか!?」とは、さすが一流のギャグ漫画家だ。一瞬で映像が頭に浮かぶが、もしかすると、この悲鳴をあげるところまでが江口寿史氏らしいプロモーションだったのかもしれない。最終的には2日間で180名ものファンが詰めかけたそうだ。
ところで、江口寿史の代表作は「ストップ!!ひばりくん!」や「すすめ!!パイレーツ」に見られるギャグ漫画である。よってデビュー当時、本人は絵そのものに「興味がなかった」そうだ。ところが「ストップ!!ひばりくん!」を連載していた『週刊少年ジャンプ』(集英社刊)では、女の子を登場させるとアンケート評価が上がっていく。かくして江口寿史は女の子キャラをバージョンアップさせることに注力していったというのだ。
「鉄腕アトム」から狼へ。江口寿史、漫画の原点と衝撃のデビュー、そして現在
江口寿史は「鉄腕アトム」により漫画の存在を知り、漫画に夢中になった。その後、ちばてつやの大ファンとなり、高校卒業後はデザイン専門学校に入学。漫画を描くための勉強という名目で、名画座に通ったそうだ。
デビューのきっかけとなったのは、映画「狼たちの午後」からインスピレーションを受けたことである。そして、子供が銀行を襲うストーリー「恐るべき子どもたち」を創作。この作品がヤングジャンプ賞(月例新人賞)に入選し、週刊少年ジャンプ1977年5月23日号に掲載されたのだった。また、代表作『ストップ!!ひばりくん!』は、1981年から週刊少年ジャンプで連載が開始されたが、途中、ネタ切れに悩まされ、未完のまま連載が打ち切りとなってしまった。しかしその後、27年越しでシリーズを完結させた執念のエピソードを持っている。
これまで江口漫画はストーリーに焦点が当たってきたが、昨今ではそのポップなテイストのキャラクターイラストが“アート”として注目されるようになっている。主に描かれるのは街の風景に溶け込む、若くて可愛い女の子だ。「彼女」というタイトルの江口寿史が描いた女の子だけを集めた展覧会も、かつて開催されたことがある。昨今では美人画作家として取り上げられることもあるが、自身はあくまでも漫画家であり、今描いているイラストも漫画家だからこそキャラクターの想いまでを描くことができると考えている。
本人直近のお気に入りはセイコー「ナビゲータータイマー」
2025年3月23日、「去年の博多展からずっと相棒にしている」と、自身のインスタグラムに投稿された時計は、1968年製のセイコー「ナビゲータータイマー」。自動巻き(Cal.6117A)。17石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約47時間。SSケース(直径38mm)。3気圧防水。
江口寿史はビンテージウオッチが大好きで多数収集し、SNSを通じてその魅力を発信してきた。そんな彼が直近の愛用時計を披露した。セイコーの「ナビゲータータイマー」である。シルバーの回転ベゼルと赤いGMT針の組み合わせが特徴的だ。
搭載されるムーブメントは自動巻きCal.6117A。このモデルは復刻版も発売されているが、本人はオリジナル品をずっと探していて、ようやくオークションサイトで見つけて手に入れたものだそうだ。
コメント欄を見ると、「近頃の自動巻きは1日はずしてると止まったりするが、これは1日くらいつけてなくても平気で動いてる。57年前の時計なのに素晴らしいの。」と、かなり気に入っている様子がうかがえる。1日に1、2分狂うことを含めて愛らしいと表現することからも、ビンテージウオッチを心から楽しんでいる様子が感じられる。
クォーツショックの逆風を生き抜いた機械式時計に注目するのは確かに面白そうだ。特に堅牢性が求められたスポーティなモデルには、現在でも実用品として十分使用できるものが多い。そのうえ現行品とは似て非なる雰囲気がある。
そして国産モデルならば、まだまだ現実的な価格で手に入ることも見逃せない。