日本、そして世界を代表する著名なジャーナリストたちに、2025年に発表された時計からベスト5を選んでもらう。今回は時計・ジュエリー専門のジャーナリストである本間恵子が選出したモデルを紹介。毎年恒例となったこの企画で、例年“ガチ宝石ヲタ”でもある本間が選ぶのは、メンズ向けの時計を取り上げることの多い『クロノス日本版』およびwebChronosでは珍しく、また、華やかさが目を引く新作時計の数々だ。
ヴァン クリーフ&アーペル「リュバン ミステリユー ウォッチ」

手巻き。18KWGケース。非防水。ユニークピース。時価。
これを眺めているとき、思わず口が開きっぱなしになってしまった。Dカラー(無色)、IF(内部に傷・内包物なし)の清らかに澄みきったポートレートカットダイヤモンドを文字盤の風防としている。これほど質の高いダイヤモンドを風防にした時計は初めて見た。
エルメス「マイヨン リーブル ブローチ」

クォーツ。18KWGケース(縦35×横23mm)。予価1208万9000円(税込み)。2025年12月発売予定。
「シェーヌ・ダンクル」のファンにはたまらないデザインで、ブルー系のトルマリンがとても美しい。付属のクロシェットに入れてペンダントとして楽しむのもいいが、エルメスではシャツやジャケットの袖口に留めるという提案もしている。このアイデア、すごく新鮮だ。
シャネル「マドモアゼル プリヴェ ピンクッション ビューティー アート」

クォーツ。18KYGケース(直径55mm)。30m防水。8679万円(税込み)。ユニークピース。
文字盤をカンヴァスにして芥子(ケシ)真珠やエナメルで飾り立てているのが何とも楽しい。指輪をはめた手はガブリエル・シャネルの写真からとったという。F.P.ジュルヌ傘下のカドラニエ・ジュネーブが手掛けた文字盤だが、この2社の協働の奔放さには毎年驚かされる。
H.モーザー「エンデバー・トゥールビヨン コンセプト ポップ」Ref.1805-1206

自動巻き(Cal.HMC 805)。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。SSケース(直径40.0mm、厚さ13.5mm)。世界限定5本。予価1394万8000円(税込み)。2025年6月 日本入荷予定。
この絶妙に表情豊かな配色にやられた。本作では異なるハードストーンを完全にシームレスに組み合わせており、技術力の高さに息をのむ。色と品質にこだわった原石の調達にも長い時間がかかったことだろう。5本限定ではなく、5本も作れちゃうの? という感じだ。
ヴァシュロン・コンスタンタン「トラディショナル・マニュアルワインディング」

手巻き(Cal.1440 /270)。19石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。18KPGケース(直径33mm、厚さ7.70mm)。3気圧防水。世界限定270本。484万円(税込み)。
文字盤のマザー・オブ・パールにマルタ十字を模した彫りを刻んでいるが、この模様がダイヤモンドのファセット(面)にも見えて華やかだ。ダイヤモンドと同じくヴァシュロン・コンスタンタンにも多彩な面がある。本作はメゾンの甘くフェミニンな面を表している。
総評
カラフルなハードストーンを文字盤にした時計が増えたな、と感じたのは、筆者がガチ宝石ヲタだからだろうか。ハードストーンとはカメオやモザイクに使われる微晶質の石のこと。これらを薄く研磨した文字盤は、針穴を開けるだけでもしんどいはずなのに、インデックスを植え、小窓を開けて手間をかけたモデルも目につく。
ジュエリー界では今、ダイヤモンドよりもカラーストーンが好調で、稀少性の高いハイクォリティなカラーストーンは人気が上がり続けている。そんな風潮を反映してか、時計にも艶やかな色彩のトレンドが入り込んできているように思う。
そんなこんなでいろいろ見掛けたハードストーン文字盤だが、立ち位置はメンズでもレディースでもなく、何だかあいまいだ。近年のインクルーシブな風潮を反映してか、今年は全体に男性用、女性用の区別がこれまでよりも希薄になっており、少し前までよくあったユニセックス(男女兼用)というワードすらあまり聞かれなかった。
一部のメゾンからは、スパルタンな名作をサイズダウンした小ぶりな機械式モデルが登場したが、興味深いことに、いずれもレディースとは明確にうたっていなかった。男性用、女性用と決めつけずにご自由にお楽しみください、というのは筆者は嫌いではない。だが、メンズの直径を小さくしちゃいました、という単純さからさらに一歩踏み込んだ、新しいジェンダーレスウォッチの提案が見たかった。
本間恵子のプロフィール

時計・ジュエリー専門ジャーナリスト。元ジュエリーデザイナーながら、紆余曲折を経て物書き業に転身。キズミと宝石用の高倍率ルーペを常に持ち歩く。『フィガロジャポン』や朝日新聞などで連載を持つ。