阿部サダヲがNHK朝の連続テレビ小説「あんぱん」で演じるヤムおじさんが話題になっている。もじゃもじゃ髪で、パン職人。誰もが「あのキャラクター!」と連想できる強烈なルックスが、それはもうインパクト大なのだ。そこで今回は、昨年「ふてほど」を流行語大賞にまで導いた彼の個性極まる演技力のバックグラウンドと、そのドラマ内で着用していた意外な時計の正体に迫ってみたい。
Text by Yukaco Numamoto
土田貴史:編集
Edited by Takashi Tsuchida
[2025年4月20日掲載記事]
ヤムおじさん役に没頭する阿部サダヲ、普段は見せない影の努力
「アンパンマン」の原作者、やなせたかしとその妻・暢をモデルとして、戦後の激動を乗り越えた夫婦の日常を描き、「アンパンマン」に込められた“逆転しない正義”に、やなせたかしが辿り着くまでの様子が描かれるNHK朝の連続テレビ小説「あんぱん」。
ドラマでは「アンパンマン」のキャラクターモデルでは? と言われる人々が続々登場するため、視聴者は誰がどのモデルかを推測しながら放送を楽しむことができる。阿部サダヲは、ジャムおじさんのモデルと話題になっている“ヤムおじさん”こと屋村草吉役だ。もじゃもじゃの髪でパン職人という設定に「絶対ジャムおじさん!」とネット民が興奮する一幕もあった。
特徴のある風貌だけでなく、所作から役柄になり切る努力を惜しまない姿勢を示すエピソードがある。パンに餡を入れる作業を練習するために、阿部サダヲは自宅にパン生地を持ち帰り、ゴルフボールを餡に見立てて練習したというのだ。この作業がさまになるのは、簡単なように見えて、じつはそうではない。阿部サダヲは、パン製造技術の監修を行ったパン職人である竹谷光司氏のベーカリーに、撮影の合間に通ったそうだ。
クドカンとの黄金コンビ。そして輝かしい演技遍歴
これまでにも人気の役どころを、多彩に演じてきた阿部サダヲ。直近では2024年の流行語大賞にも選ばれた民放ドラマ「不適切にもほどがある!」に主演。宮藤官九郎とは同じ「大人計画」に所属する劇団仲間だけに、「池袋ウエストゲートパーク」以降、クドカン作品の常連出演者となっている。
2007年には「舞妓Haaaan!!!」で映画初主演、2010年にはNHKドラマ「離婚同居」で連続ドラマ初主演、その翌年となる2011年には「マルモのおきて」で主演。日本アカデミー賞優秀主演男優賞や、ブルーリボン賞主演男優賞など、複数の受賞歴を持つ。阿部サダヲは間違いなく日本のトップ俳優のひとりだ。
ちなみに「あんぱん」では、「不適切にもほどがある!」で阿部サダヲの娘役だった河合優実も出演している。同ドラマの反響が冷めやらぬタイミングで、早くもふたりが再共演していることもファン心を鷲掴みにしている要素だ。
内気な少年から人気俳優へ。阿部サダヲの意外な変身物語
コミカルからシリアスまで、あらゆる演技をこなす阿部サダヲは、元々授業中に先生から指名されただけで泣いてしまう内向的な子どもだったようだ。しかし巨人軍の原 辰徳選手に憧れて野球を始めてからは、小・中・高校と野球部に入部。友人たちからは“カッコマン”とあだ名をつけられるほどの目立ちたがり屋に変化(へんげ)していった。その子供時代の感情の振り幅が、現在の幅広い役柄を演じ分ける能力に役立っているのかもしれない。
高校卒業後は、地元のパチンコ店に就職しようと考えたものの、担任教師に止められ、東京・秋葉原の電気店「ラオックス」のファクシミリ売り場で働いた。しかし1年半ほどで退職、その後しばらくはトラック運転手などの職を転々としたという。
そんななか、以前から友人や同級生の母親などに言われていた「(あなたは)30になったらいい役者になる」という言葉を思い出し、松尾スズキが主宰する劇団「大人計画」のオーディションを受け、演劇の道へと歩み出した。
役どころの個性を際立たせる“チープカシオ”の魅力

クォーツ。樹脂ケース(縦36.8×横33.2mm、厚さ8.2mm)、日常生活用防水。3300円(税込み)。
2024年2月19日、「不適切にもほどがある!」撮影合間の阿部サダヲの姿として投稿された画像。その左腕には、いわゆる“チープカシオ”が確認できる。
上記は「不適切にもほどがある!」の撮影期間中に、ドラマ公式Instagramへ投稿された画像である。着用モデルとして考えられるのはカシオのRef.A158WA-1JHもしくはRef.A164WA-1QJHのいずれかだろう。
両者はともに2021年7月にリリースされたメタルバンドの液晶モデルだ。ストップウォッチ、アラーム、時報、LEDバックライト、オートカレンダーといった一連の機能が付き、実用性が高く、シンプルなスタイルが特徴である。
Ref.A158WA-1JHだとすると、ケースサイズ36.8mm×33.2mm。厚さも8.2mmと控えめだ。昔懐かしいデザインが逆に新鮮と感じる世代も増えているが、市価3300円というプチプラだけに、肩肘張らない今どきのプレゼントとして選ぶ人も多い。
役柄にはまり切るのが、阿部サダヲの演技スタイルだ。その意味でも、この時計が持つ没個性的特徴は、かえって七変化役者・阿部サダヲらしさを強烈に際立たせたのではないだろうか。レトロデザインは、たしかに「ふてほど」での阿部サダヲの役柄に合っている。しかしそれ以上に、役者本人にこの“定番顔”が寄り添っていた印象があるのだ。
ありふれているようで、実は非常に味わい深い。そんな日常どこにでも存在し得る狂気めいたものが両者には感じられ、とても愛おしい。
2026年には「不適切にもほどがある!」の続編が放送されることが決まった。次回はどんなストーリーになるのか。その顛末も気になるところだが、続編でも阿部サダヲの左腕に同じ時計が着けられているのかもぜひ忘れずにチェックしたい。
それまでは、「あんぱん」における阿部サダヲの熱演を引き続き楽しもうではないか。