日本、そして世界を代表する著名なジャーナリストたちに、ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2025で発表された時計からベスト5を選んでもらう企画。今回は大学教授であり、時計ジャーナリストでもある並木浩一が登場。時計業界の新作見本市と大阪万博の共通する存在意義を思いつつ、「心を強くするには充分な品」を選出した。なお、すべて同列であり、順位は付けられていない。
パテック フィリップ「カラトラバ」Ref.6196P

自動巻き(Cal.30-255 PS)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約65時間。Ptケース(直径38mm、厚さ9.33mm)。3気圧防水。746万円(税込み)。(問)パテック フィリップ ジャパン・インフォメーションセンター Tel.03-3255-8109
ダイアルの華やかさに、心臓をひと突きにされる。バラ色の街トゥールーズにも似た既視感が、直径38mmに凝縮されてフラッシュバック。末尾“96”の「カラトラバ」は、パテック フィリップの原風景を何度でも呼び覚ます。
ロレックス「オイスター パーペチュアル ランドドゥエラー 40」Ref.127336

自動巻き(Cal.7135)。3万6000振動/時。パワーリザーブ約66時間。Ptケース(直径40mm)。100m防水。942万7000円(税込み)。(問)日本ロレックス Tel.0120-929-570
プラチナだけのアイスブルーダイアルは、希少性からくる満足度のメーターを天井知らずに上げてくる装置だ。初物を食べると75日長生きするのなら、開発に7年以上・32件の特許が出願された新作の永続性は、もう測れない。
シャネル「J12 BLEU キャリバー 12.1」Ref.H10310

自動巻き(Cal. 12.1)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。高耐性マットブルーセラミック×SSケース(直径38mm)。200m防水。数量限定。413万6000円(税込み)。(問)シャネル(カスタマーケア) Tel.0120-525-51
マットブルーのダイアルに、バゲットカットのブルーサファイヤが12個。直径38mmの絶妙サイズも相まって、ジェンダーを超えたジュエリー使いに注目。手塚治虫『リボンの騎士』の主人公=男装の美少女の名は“サファイア”だ。
モンブラン「モンブラン 1858 アニュアルカレンダー ジオスフェール リミテッド エディション」Ref.134027

手巻き(Cal.MB M14.58)。64石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約65時間。18Kライムゴールドケース(直径42mm、厚さ13.3mm)。30m防水。世界限定30本。予価947万2650円(税込み)。(問)モンブランお客様サポート Tel.0800-333-0102
7月の月表示に目を疑った。モンブランに合流した名ブランド・ミネルバがトレードマークとアローを登録した1887年7月30日への敬意だという。“MINERVA”の文字はムーブメントにも刻印され、昔からのファンである小生はうれし涙。
ヴァシュロン・コンスタンタン「レ・キャビノティエ・ソラリア・ウルトラ・グランドコンプリケーション -ラ プルミエール-」
自動巻き(Cal.3655)。204石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。18Kホワイトゴールドケース(直径45mm、厚さ14.99mm)。ユニークピース。(問)ヴァシュロン・コンスタンタン Tel.0120-63-1755
41の複雑機能を持つ部品数1521個のマスターピースの厚みが、たったの14.99mm。ウルトラな技術的達成から直ちに裏を返して、本気で腕に着けられるものを造った。詳細な技術レポートが出たら分厚いだろうが、ぜひ読んでみたい。
総評
いいものを身に着けると「心が強くなる」というのは、よくファッションの世界で聞かれるディスクールだ。ドラマ『アグリー・ベティ』の中では、「もしいじめられていたとしても」という経験が前提のセリフで使われていて、強く印象に残っている。
われわれはなぜ、腕時計を買うのだろう。それが心を強くするためであれば、価格が付けられるようなものではないし、買うことに理がある。酒を飲んで気が大きくなってもいつかは醒めるが、腕時計がもたらす高揚は手元にある限り失われることはない。ただし時々アップデートは必要なのであって、さらに新しいものは欲しくなって当然なのだ。自分の心が常に強くあるために、腕時計を見続け、選び続け、買い続ける。腕時計ファンの倫理は、筋が通っていて高潔だ。だからこそ、1年に1度の祭典に意味がある。
大阪万博と同じ年のW&WGだから、よけいにその存在意義について、想いの強度が上がっていった。好奇心を刺激する最先端で世界最高レベルのものが集まりながら、対象自体はその場では決して売られることのないのが“エクスポジション”である。欲望喚起のシステムが高度な自制とともに運営されるW&WGは腕時計の万博そのものであるし、われわれはそれを見届け、護る同時代的な責務を、しかも快く引き受けているように思う。今回挙げた5本のどれも、心を強くするには充分な品だ。
選者のプロフィール

並木浩一
時計ジャーナリスト、桐蔭横浜大学教授。専門分野はメディア論、表象文化論、日本語教育、行政書士法、旅行業法。1990年代より、高級時計の取材を国内外を問わず続ける。著書に『ロレックスが買えない』(CCCメディアハウス)、『腕時計一生もの』(光文社新書)等。