カルティエ。「この10年で最も成功を収めたメーカーのひとつ」が打ち出す、2025年新作時計とは?

2025.12.14

時計専門誌『クロノス日本版』編集部が取材した、時計業界の新作見本市ウォッチズ&ワンダーズ2025。「ジュネーブで輝いた新作時計 キーワードは“カラー”と“小径”」として特集した本誌でのこの取材記事を、webChronosに転載する。今回は、外装部品の内製化によって質を高め続けてきたカルティエが同見本市で発表した、新作モデルの数々を取り上げる。

タンク ア ギシェ

カルティエ「タンク ア ギシェ」
今年「コレクション プリヴェ」に加わったのが、伝説的な「タンク ア ギシェ」だ。外装に注力するカルティエは、この傑作のディテールを復元することに成功した。造形を優先し、薄いリュウズを採用したため、潔く非防水とした。本作のみ、本数限定。手巻き(Cal.9755 MC)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。Ptケース(縦37.6×横24.8mm、厚さ6mm)。非防水。世界限定200本。
堀内僚太郎:写真
Photographs by Yu Mitamura, Ryotaro Horiuchi
広田雅将(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年7月号掲載記事]


カルティエのウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブを振り返る

 時計業界において、この10年で最も成功を収めたメーカーのひとつがカルティエだ。外装部品の内製化で質感を大きく高め、アイコニックなデザインに注力し、そして不良品率を大きく下げる。結果として、今やカルティエの時計は、男性も積極的に選ぶものとなった。2025年は、そんなカルティエの、現時点における集大成となった。


カルティエの集大成となった2025年の新作

 時計の組み立てと、モジュールの設計・製造から始まったカルティエの内製化に対する取り組み。そんな同社は、今やムーブメントはもちろん、ケースやブレスレットの製造をも手掛けるスイス屈指のマニュファクチュールだ。もっとも、同社は闇雲に設備投資をしたわけではない。カルティエは不良品率を下げ、製品開発のスピードを上げるという目的で、「ファーストクラスマニュファクチュール」へと変貌を遂げたのである。その証拠に、製品の不良品率はこの数年でも3分の1に下がり(関係者はスイスで2番目に低いと語った)、毎年無理なく、さまざまな新製品を展開できるようになった。その代償として自社製ムーブメントの開発ペースは落ちたが、今のカルティエの成功を見れば、その判断は全く正しかったと言える。2025年の新作とは、そんなカルティエの現時点における集大成と言えるだろう。

サントス デュモン

カルティエ「サントス デュモン」
3つの文字盤違いを加えた「サントス デュモン」。モチーフは「サントス」のストーリー。本作は下地にプロペラをイメージした同心円状の処理を施し、ごく薄くメッキを施している。手巻き(Cal.430 MC)。2万1600振動/時。パワーリザーブ約38時間。Ptケース(縦46.6×横33.9mm、厚さ7.5mm)。日常生活防水。限定生産。
サントス デュモン マイクロローター スケルトンウォッチ

カルティエ「サントス デュモン マイクロローター スケルトンウォッチ」
既存モデルの仕様違い。と思いきや地板にごく浅くラッカーを吹き、グラデーションを施している。おそらくは時計業界初の試み。色物に留めない力量には脱帽だ。自動巻き(Cal.9629 MC)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約44時間。18KWGケース(縦43.5×横31.4mm、厚さ8mm)。日常生活防水。世界限定150本。

 まずは、アイコンである「タンク ア ギシェ」のリバイバル。オリジナルの外装を徹底して再現したこのモデルは、カルティエ自慢の生産設備のおかげで、かつて手にできなかった完成度を誇る。ここ数年の取り組みである〝カラー〞も進化した。大ヒット作「サントス デュモン」の色違いは、色に合わせて、それぞれの下地処理を変えるという凝りようだ。またサントス デュモンのマイクロロータースケルトンウォッチは、ケースではなくムーブメントにグラデーションラッカーを施す(!)という新表現が採用された。ケースにラッカーを埋め込むという技法を復活させたカルティエは、今やそれをムーブメントにまで広げたわけだ。

タンク ルイ カルティエ

カルティエ「タンク ルイ カルティエ」
待望の自動巻きを載せた「タンク ルイ カルティエ」。マストの自動巻きよりスリークなケースはその名にふさわしい。プレスとラッカー処理で立体感を増した文字盤が、既存モデルとの違いを主張する。自動巻き(Cal.1899 MC)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。18KPGケース(縦38.1×横27.75mm、厚さ8.18mm)。日常生活防水。
タンク フランセーズ スケルトンウォッチ

カルティエ「タンク フランセーズ スケルトンウォッチ」
「タンク フランセーズ」初のスケルトン版。ムーブメントのベースは既存のCal.9611だが、テンプの位置をずらし、スモールセコンドを加えてシンメトリーな造形を強調した。今のカルティエの力量を示す傑作。手巻き(Cal.9630MC)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約72時間。18KPGケース(縦36.7×横30.5mm、厚さ9.2mm)。日常生活防水。

 そして今年は「タンク ルイ カルティエ」にも待望の自動巻きが追加された。搭載するのは「タンク アメリカン」で初採用された小径のキャリバー1899MC。まずはテスト的に搭載し、そのうえでメジャーなモデルに展開する手堅さも、時計メーカーとしての成熟を示すポイントだろう。自動巻きの搭載でわずかに厚くなったケースに併せて、スタンピング+ラッカーで文字盤に立体感を添えたのはうまい。ちなみにカルティエは、22年に「タンク マスト」に自動巻き版を加えている。もっともそのケースサイズは縦41×横31mmと、タンク ルイ カルティエにはいささか大きい。小さなムーブメントの採用で、サイズを縦38.1×横27.75mmに留めたのは賢明だろう。

タンク ア ギシェ

マニュファクチュール化によって、外装の質感を劇的に高めたカルティエ。上は「タンク ア ギシェ」のケース。「窓枠」の面取りは、なんと深さが0.45mmもある。入り角を設けたその造形は、入念な手作業によるものだ。またオリジナルのディテールを再現すべく、頭のごく薄いリュウズが採用された。下は「サントス デュモン」のマイクロローター スケルトンウォッチのムーブメント。写真が示す通り、ケースではなくムーブメントにラッカーでグラデーション処理が施されている。色ムラがないだけでなく、側面への色の回り方も完璧だ。正直、どう仕上げたのかが想像できないほど、カルティエはディテールの作り込みを行うようになった。

サントス デュモン

 お家芸であるメティエダールも一層繊細になった。「ロンド ルイ カルティエ」のパンテール メティエダールウォッチが採用するのは、なんと金箔だ。ごく薄い金色の葉を重ね、薄い文字盤で立体感を表現することに成功した。昼夜表示付きの「バロンブルー ドゥ カルティエ」も、文字盤のMOPは裏打ちして発色させたものではない。淡くてグラデーションが強調されたブルーを得るため、そもそも色付きのMOPを薄くカットして重ねたという。個人的に今年のカルティエで最も引かれたのが、女性用の「トレサージュ ドゥ カルティエ」だ。タンクを繭でまとったようなケースは、カルティエのアイコンを大胆に再構築する試み。傑作のリバイバルに取り組んできたカルティエは、ついにここまでの大胆さを得たのである。

ロンド ルイ カルティエ パンテール メティエダールウォッチ

メティエダールも一層凝っている。上は極薄の金箔を何層にも重ねた「ロンド ルイ カルティエ パンテール メティエダールウォッチ」。ショックを受けた際にたわまないよう、葉の裏側に支柱を立て、MOP製文字盤の土台に据え付けているのが分かる。下はMOPそのものの色でブルーを表現した「バロン ブルー ドゥ カルティエ」。普通、MOPに色を付ける場合、裏から色を載せるのが定石だ。しかしカルティエは、色の付いたインドネシア産MOPを重ねることで淡い色と望ましいグラデーションの両立に成功した。関係者いわく「今までのメティエを使って新たな表現をした試み」。凝ったメティエダールといえども、表現の手段として使い切るアプローチは類を見ない。

バロン ブルー ドゥ カルティエ

サントス ドゥ カルティエ

カルティエ「サントス ドゥ カルティエ」
意外な佳品。新しいスモールモデルは、あえてクォーツムーブメントを採用しコンパクトさを強調する。しかし、デザインのバランスは男性向けのモデルにほぼ同じ。純然たる女性用と思いきや、実は間口の広いモデルだ。電池寿命8年のクォーツムーブメントを搭載。クォーツ。SS×18KYGケース(縦34.5×横27mm、厚さ9.38mm)。日常生活防水。
トレサージュ ドゥ カルティエ

カルティエ「トレサージュ ドゥ カルティエ」
アイコンの再解釈。横から見るとブレスレットだが、「タンク」を思わせるレクタンギュラーウォッチが内蔵されている。ジュエリーとウォッチを融合させた試み。写真が示す通り、らせん状のモチーフはほぼ完全な鏡面を持つ。クォーツ。18KYGケース(縦56.2×横25.7mm、厚さ11.5mm)。日常生活防水。
ロンド ルイ カルティエ パンテール メティエダール

カルティエ「ロンド ルイ カルティエ パンテール メティエダール」
薄い金箔を何層にも重ねて、文字盤の立体感を強調した試み。一見無謀とも思える試みをまとめる手腕も今のカルティエらしい。今年のメティエダール系で最も好みなモデルだ。手巻き(Cal.430 MC)。2万1600振動/時。パワーリザーブ約38時間。18KYGケース(直径36mm、厚さ9.2mm)。3気圧防水。
バロンブルー ドゥ カルティエ

カルティエ「バロンブルー ドゥ カルティエ」
バロンブルーに加わった昼夜表示モデル。昼夜表示を10時位置に置くことで文字盤の丸いデザインを強調するほか、「青い風船」という名前に合わせてブルーのマザー・オブ・パールが採用される。自動巻き。パワーリザーブ約39時間。18KPGケース(直径36mm、厚さ12.11mm)。3気圧防水。


ピエール・レネロをインタビュー

 ここ数年、造形、つまりシェイプを打ち出すカルティエ。その一方で、同社は創造の一貫性を保ってきた。その一立役者がカルティエの歴史を知悉するピエール・レネロだ。カルティエはなぜシェイプに回帰したのかと問うたところ、彼はこう答えた。「戻ってきたのではないんですよ。私たちは常にフォルムに取り組んできた。フォルムというのは、私たちのイノベーションの中心にあり、すべてのクリエーションにはシェイプという哲学がある。ですが、昔からさまざまな造形があるから、違う結果が出るのです」。シェイプを哲学と語るレネロ氏。

ピエール・レネロ

ピエール・レネロ[カルティエ/イメージ スタイル&ヘリテージ ディレクター]
1958年、フランス生まれ。パリ経営大学院で学位を取得後、オグルヴィ・アンド・メイザーに入社。84年に広告部門のディレクターとしてカルティエに入社。イタリアでマーケティング&コミュニケーション ディレクターを務めた後、パリに戻り、さまざまな部門のディレクターを歴任。2003年からはイメージ スタイル&ヘリテージ ディレクターとして、カルティエのクリエイションスタイルを統括する。

カルティエのデザインを支えるのは哲学・文法・語彙です

「哲学というのは本質的なんです。たとえそれがレザーストラップ付きのタンクであれ、ブレスレット付きのモデルであれ、エレガントであることが重要なのです。その際重要なのは、どのモデルであれ腕にフィットすることですね。それこそがエレガンスですね」。しかし往年の傑作の復刻や、新しい造形には、最新の工作機械が不可欠だったのではないか?

「いや、そうは思わないですよ。というのも、機械とは私たちのために使われているものだから。私たちカルティエは何も変わっていないのです。むしろ変わったのは、ジャーナリストや専門家、クライアントなどでしょう?」。つまりはどういうことか。

「例えば昔は『デカ厚』時計がありました。この時代、エレガンスという言葉に侮辱的な意味があったように思うのです。でも今は変わりましたね。カルティエが進化したり変わったわけではなく、世界が変わったのではないでしょうか?」。変化の例に挙げたのは、男性が例えば「タンク」ミニ ウォッチを着けるようになったことだ。

「かつて男性は、こういう格好をしてはいけないと言われていましたよね。でも時代は変わり、特に若い世代はより自由を楽しめるようになった」。カルティエが複数のサイズを持つ理由だ。

「私たちはそもそも、どの性別が着けるかよりも、オブジェクトとしての美しさを考えてきました。かつてタンクを出したとき、さまざまなサイズを設けた理由ですね。どんな人でも着けられる時計であること」。ではどうやって多様なデザインに一貫性を持たせているのか?

「デザインをする際、まずは哲学があり、その次に文法があり、語彙がある。そして私たちはすべてのモデルに同じ文法を使っているのです。その例のひとつが装着感ですね。そして語彙とは、どういう色を載せるか、どういう製法を選ぶのか、などですね。でもアイデアがあっても精密な作りが伴わないとだめです」。彼が哲学、文法、そして語彙の例に挙げたのは、新作の「トレサージュ ドゥ カルティエ」だ。

「ジュエリーとしては1930年代には存在していました。しかし、腕時計ではなかったですね。今年発表のトレサージュ ドゥカルティエとは、過去を踏まえた新しいモデルなのです」



Contact info:カルティエ カスタマー サービスセンター Tel.0120-1847-00


サントスの新作チタンモデルはカルティエがチタンを「エレガント」に昇華させた傑作

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針もねェ! ムーブメントも見えねェ! しかしカルティエ「タンク ア ギシェ」は、満足感が湧き上がる新作腕時計

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2025年 カルティエの新作時計を一気読み!

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