日本発のドレスウォッチブランドとしてセイコーが展開するクレドールより、2025年に発表された「ゴールドフェザーU.T.D.」Ref.GBBY969を深掘りする。単一ではなくグラデーションという、製造が極めて難しいカラーが与えられた七宝ダイアルもさることながら、「品質と美の頂点を極める」という信念の下に生み出された、“羽根のように”薄く軽やかなプラチナ製ケースの出来栄えに、普段辛口の時計愛好家兼ライターの堀内俊も舌を巻く。

Photographs & Text by Shun Horiuchi
[2025年12月27日公開記事]
セイコーが展開するクレドール「ゴールドフェザー」の系譜
“世界一薄い中3針”とのコピーで1960年に発売されたのが「セイコー ゴールドフェザー」であった。
このモデルに搭載されていた、25石の亀戸(第二精工舎)製ムーブメント「Cal.60」は、直径26.6mm(12リーニュ)、厚さは2.95mm。毎秒5振動の手巻き式だ。当時は精度を重視したラインがグランドセイコー、対して薄さを極めたドレスウォッチがゴールドフェザーという扱いだったと想像する。薄型こそが高級腕時計という風潮であり、同時期に同じ国産時計メーカーであるシチズンからリリースされた、薄型の「シチズン デラックス」が好調な販売を記録していたことから、セイコーが世に放ったのがゴールドフェザーというわけだ。
このCal.60は、厚さ3mmを切ることを目標に設計されたようであり、2番車をセンターからずらして配置し、分針専用の中心カナを独立して設けるという方法でこれを実現したのだろう。
なお、当時のゴールドフェザーの価格帯は、「クラウンスペシャル」か「キングセイコー」と近いものであった。
以上はゴールドフェザーの系譜についての簡単な解説だが、当時の空気感のようなものが少しでも伝われば幸いだと思う。
そして2023年、このゴールドフェザーの名が約60年ぶりにクレドールのラインから復活。そんな現代ゴールドフェザーのうち、2025年に発表された新作モデルを深掘りしていく。

「留紺(とめこん)」色の七宝ダイアルを持つプラチナ製ケースのゴールドフェザー。手巻き(Cal.6890)。22石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約37時間。Ptケース(直径37.4mm、厚さ8.3mm)。日常生活用防水。495万円(税込み)。
現代によみがえった「ゴールドフェザー U.T.D.」
現在のゴールドフェザーは、「羽根のように『薄く』『軽やかで』『空気をはらみ』『艶やかで』『優美』であることをデザインコンセプトとし」ている。中でも今回深掘りするRef.GBBY969は、わずか1.98mmの厚みしか持たない、超薄型ムーブメントのCal.6890を搭載した“U.T.D.”モデル。U.T.D.(Ultra Thin Dress)は1969年以来、セイコーが使用している名称で、厚さ1.98mmの極薄機械式ムーブメント。Cal.68系を載せたメカニカルウォッチの総称だ。さらに本モデルはプラチナ製ケースを採用しており、オリジナルのゴールドフェザーにも貴金属ケースは18KYGとプラチナ(650パラジウム350)ケースが存在していたことから、由緒正しいモデルと言えよう。

本モデルの特徴は、なんと言っても「留紺(とめこん)」色の七宝焼きのダイアルを持つことであろう。プラチナ950ケースのサイズは縦43.2×横37.4mm、そして厚さは8.3mmと薄く、典型的な2針ドレスウォッチだ。搭載するCal.6890のスペックは、パワーリザーブ約37時間、精度は均日差+25秒~-15秒とあり、このようなスペックからも、高精度をうたったモデルの多いグランドセイコーと棲み分けしていることが感じられるだろう。
グランドセイコーとクレドールの棲み分け
ではセイコーウオッチは、この「グランドセイコーとクレドールの棲み分け」を、どのように定義しているのだろうか。
以下、メーカーからの正確な記載を転記する。
<クレドール>は、1974年に誕生して以来、卓越した技術と繊細な感性を融合させ、最高級の品質を追求しながら、唯一無二の個性を紡いできました。<クレドール>というブランド名には、「黄金の頂き」という想いが込められています。ブランドロゴの一部を成すクレストマークの頂点に輝く3つの星は、それぞれ「感性」「技術」「技能」を象徴し、日本発のドレスウオッチブランドとして、品質と美の頂点を極めるという信念を表します。
これまでに多彩なモデルを世に送り出し、2024年にブランド誕生50周年を迎えた<クレドール>は、「The Creativity of Artisans(匠たちの探求と豊かなる創造)」をブランドメッセージに掲げ、次なるステージへと歩みを進めています。
<グランドセイコー>は、1960年の誕生以来、最高峰の腕時計を目指し、正確さ、見やすさ、美しさといった腕時計の本質を高い次元で追求・実現し続け、革新へのあくなき挑戦で、弛まぬ進化を重ねてきたブランドです。世界でも数少ない真のマニュファクチュールにしか成し得ない最高レベルの性能と洗練されたデザインで、世界中で高い評価を得ています。
ということで、精度も含め腕時計の基本性能を高めた高級時計「グランドセイコー」と、技巧をこらし匠の技で美の頂点を目指す「クレドール」という棲み分けを行っているそうだ。
筆者は高級ラインがふたつあることで、ユーザに混乱を引き起こすのではないか、あるいは企業にとっては悪と想定される、この両者が同一ポジションを食い合うことがないのか、などが気になっていたところ、改めて整理することができた。特に後者に関して、クレドール所有者は、グランドセイコーなどの実用的な高級時計をすでに所有したうえで購入を決定したユーザが多いのではないかなどの推察に至った。
GBBY969のディテール
それではディテールを見ていこう。まずは最大の特徴であるダイアルから。
本モデルのみならず、「アートピースコレクション」「ノード」など、代表モデルへの採用例から、七宝焼きダイアルはすでにクレドールの重要なアイデンティティーのひとつとなった感もある。本モデルのダイアルも美しく、完成度の高いものだということが一見して感じられた。
七宝とは金属製の素地にガラス質の釉薬を盛り、約750〜800℃もの高温で焼成することによって繊細な色・柄を装飾する技法だ。尾張七宝の技術を今日まで伝えてきた「安藤七宝店」の施釉師(せゆうし)、戸谷航(とや わたる)が10年以上にわたり、クレドールの七宝ダイアルを手掛けてきた。
クレドールのダイアルは純銀製で、パターンが機械によって彫られた状態で安藤七宝店に届けられ、七宝が施される。留紺色のグラデーションダイアルに使用される釉薬は5種類。美しく、均一に、しかもグラデーションで仕上げるのには、大変な技術と経験を要する。
釉薬を何度も焼き重ねる「バスタイユ技法」が採用されているこのダイアル。素地が反ったり、表面の釉薬にヒビが入ったりしないよう、裏面にも釉薬を施して焼成する必要がある。施釉と焼成を終えたダイアルは、最後に職人の手によって何段階にもわたって丁寧に研がれ、七宝特有の艶やかな表情に仕上げられる。
なお、セイコーが得意とする型打ちではなく、機械彫りを採用しているのは、刃を使って削ることで、深く、エッジの立った彫りとするため。また、焼成時、釉薬がダイアルから流れ出ないよう外周部に堤防のような高さを設けているが、型打ちだとこの高さが干渉してしまい、綺麗なパターンを出すことができないという理由もあるのだという。

七宝ダイアルの上に存在するのは、繊細なアプライドインデックスである。細く長く、薄い2針のドレスウォッチによくマッチしたデザインだ。形状、磨きの程度、取り付けの正確性などどれも文句ない仕上がりだ。
ダイアル上に存在する針は2本のみで、シルバーのダイヤカットだ。針中心を稜線に2面のファセットが取られ、ダイアルに向かって右側の鏡面はきらびやかに光を反射し、反対側はブラスト処理に。このコントラストによって針がどの方向を向いているのか、非常につかみやすい。この処理はジャガー・ルクルトの「マスター コントロール」シリーズなどでも見られるものである。薄型の時計のため、針はグランドセイコーの重厚なそれなどと異なり、羽根のようなイメージに近い。時計の性格によくマッチしている。
ケースは一見してオールドピースを思い浮かべるような、薄くエッジのない形状であり、プラチナ製となっている。磨きはもちろん価格相応なレベルであり、満足感も高いだろう。

ラグはサイズが控えめで、ドレスウォッチとしてオーソドックスなデザインであり、薄いケースによくマッチする。表面はそこそこエッジがあるものの、手首に接する裏面はグランドセイコー同様わざとダルに仕上げてあり、肌触りが良い。
薄いケースから立ち上がる風防はドーム形状であり、ここが最も1960年代的デザインを感じるところだろう。薄型ドレスウォッチは1970年代に入ると、ことさら薄さを強調するように平面の風防を採用したモデルが多くなるからだ。
比較的薄いケースサイドにやや小さめなリュウズが配され、また、ケースバックも平面ではなく周囲は緩いアールを描いてケースサイドにつながる。ただしボンベ形状の風防よりも平面度が高いため、手首にはペタッと載る印象だ。特にサファイアクリスタルの立ち上がりが文字盤に極めて近く、見返し幅は僅少だ。このような意匠がとてもオールドスタイルで筆者には好印象である。

このようにケース全体の形状を捉えると、筆者は1960年代前半のエッセンスを強く感じる。おそらく初代のゴールドフェザーをかなり意識してこのような形状に着地させたのだと思う。
一方でオールドモデルと大きく異なるのが、ダイアルのCREDORとGoldfeatherのコレクション名の表示で、本モデルは風防の内側に白くプリントされている。これには賛否あるのではないかと思う。個人的には白いプリントがやや強く目立ちすぎるような気がしており、高価格帯ということもあり、サファイアクリスタルの裏側から直接サンドブラストで仕上げて表現するなどの方法もあったのではないか、と思う。Goldfeatherロゴの細かさはさすがに難しいかもしれないものの、よりアンダーステートメントな方向を模索するのも良いのではないか。
トランスパレントバックを通して本機の心臓部であるCal.6890が良く見える。グランドセイコーのCal.9S系などと同様、ブリッジ類などは基本的に機械仕上げであろうが、いずれもシャープで極めて精巧な切削品だ。
メッキはおそらくロジウムだろう。ガンギ車、4番車まで耐震装置が付いている高級ムーブメントである。テンワ周りのデザインはいかにも国産という味わいであり、好きな人にはハマるだろう。なお、2番車をセンターから外したであろうオリジナルゴールドフェザーのCal.60とは異なり、Cal.6890は2番車センターの直列輪列を基本とし、古典的な手巻き3針の文法を踏襲する。中心カナと2番車を分離するような設計は行っていないにもかかわらず1.98mmという薄さであるがゆえに、組み立てができるのは岩手県にある雫石高級時計工房の限られた名工のみ、というのは納得がいく。

ストラップはクロコダイルで、メーカー純正として極めて高品質なものだ。バックルは一般的なピンバックルでこちらもプラチナ製である。仕上げのレベルももちろん高い。

兄弟機である「GBBY971」
さて本機には兄弟機ともいえる、「鳩羽(はとば)」色の七宝焼きダイアルを持つGBBY971が存在する。こちらの生産数はわずか10本の限定であり、GBBY969との違いはエナメルダイアルの色調のみだ。こちらのほうが紫がかった色味となる。留紺色か鳩羽色か、どちらも上品で甲乙つけ難く、選択は完全に好みだろう。なお、価格も同じ。

手巻き(Cal.6890)。22石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約37時間。Ptケース(直径37.4mm、厚さ8.3mm)。日常生活用防水。世界限定10本。495万円(税込み)。
まとめ
今回深掘りしたクレドールの「ゴールドフェザー U.T.D.」Ref.GBBY969は、作り手が意図した「羽根のように『薄く』『軽やかで』『空気をはらみ』『艶やかで』『優美』であるこ」を、留紺色の七宝焼きダイアルで実現した現代のドレスウォッチだ。あくまで控えめでありながらも品質や佇まいは高級時計として正当で、かつ高度な工芸品でもある。機会あればぜひ一度手首に載せてみてほしい。



