ジンが2025年4月に発表した「613 St」。「EZM」の流れをくんだ500m防水の本格ダイバーズウォッチである一方で、より万人に使いやすいデザインを採用したモデルである。今回、このモデルを時計専門誌『クロノス日本版』編集部が数日間着用のうえ、その使用感や出来を徹底討論。メンバーは編集長の広田雅将、副編集長の鈴木幸也、編集部の細田雄人、大橋洋介、そして文字起こし要員の鶴岡智恵子である。
Photographs by Senta Murayama
鶴岡智恵子(クロノス日本版):文
Text by Chieko Tsuruoka(Chronos-Japan)
[2025年12月30日公開記事]
「EZM」の流れをくみつつ、より万人受けにした新しいジンウォッチ

自動巻き(Cal.SW515)。23石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約56時間。SSケース(直径41mm、厚さ15mm)。500m防水。71万5000円(税込み)。
細田
「今回討論会用に着けてもらったのは、ジンの『613 St』です。今年4月に『クロノス日本版』ではウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ2025を取材しましたが、開催場所のパレクスポの隣のヴィラ・サラシンというところで同時開催されていたTIME TO WATCHESにジンが出展しており、その会場で展示されていたモデルです。私と幸也さんで見つけて、『いいじゃん、これ!』となって、討論会のために借り出ししました。見てお分かりのように、『EZM』にソックリですよね」
広田
「613 Stは、ジンのEZM(注:出撃用計測機器を意味するドイツ語のアインザッツツァイトメッサーの頭文字を冠したジンのフラッグシップシリーズ)の流れをくむダイバーズクロノグラフです。そう言って差し支えなければ、ミッションタイマー『EZM13.1』を右リュウズに入れ替えたモデルです。500m防水なのに、ケース直径41mm、厚さ15mmと、比較的小ぶりですね」

広田が比較として挙げた、EZM13.1。自動巻き(Cal.SZ02)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約46時間。SSケース(直径41mm、厚さ15mm)。500m防水。85万8000円(税込み)。
細田
「EZMではありませんが、広田さんの言うように流れをくんでいて、“ジンテクノロジー”は投入されているんです」
鈴木
「ジンのベーシックな技術が入ってるというと、ドライテクノロジーとか? Arのマークが入ってるもんね。アルゴンだっけ?」
細田
「そうです、文字盤4時位置の“Ar”マーク、つまり“Arドライテクノロジー”です。ちなみに現在使われているのはアルゴンガスではないらしいですよ。希ガスの一種とのみ言われています」
鈴木
「ドライテクノロジーって、ケース内の水蒸気を吸収する、青いカプセルだよね? それとは別に、希ガスが充填してあるんだっけ?」

細田
「ドライカプセルと希ガスの合わせ技で、Arドライテクノロジーです。ケースの中に希ガスを充填させて金属の変化を起こりにくくしたうえで、入ってきた水分も吸収する、と。ちなみにパッキンも、EDRパッキンという、水分が入りにくいものが使われています。さらに、ベゼルは特殊結合タイプです」
鈴木
「ベゼルを取り外せるやつでしょ。ケースサイドを見ると、ネジどめになってるもんね」
広田
「付け加えると、このモデルはEZM13.1と同じく、SUGが開発した、防水システムの『D3システム』をリュウズ周りに採用しているんだよね」
大橋
「あぁ、二重パッキンのやつですね」
鶴岡
「SUGって何ですか?」
広田
「SUGはドイツのグラスヒュッテにあるケースメーカーです。ザクセン時計技術社グラスヒュッテといって、1999年にジンが買収しました。SUG製になってから、ジンのケースの品質は大きく向上しました。D3システムはリュウズやプッシャーをチューブレスにしてパーツを減らし、そこに二重のパッキンを取り付けて、気密性を高めたものです。チューブレスとは思い切った設計ですが、防水性を高めるには確かにアリ。この設計によって、理論上は、水中でもクロノグラフを使うことが可能になりました。ダマスコと並ぶジンの大きなアドバンテージで、613 Stを“使えるダイバーズクロノグラフ”たらしめる理由になっています」
細田
「先ほど広田さんも説明してくれましたが、500m防水のダイバーズウォッチで、僕が持っている『EZM3』と同じで、デザインも似ています。今日持ってくるの忘れちゃったけど」
ジン「EZM3」。ちなみに細田がクロノス入社後に初めて出たボーナスで購入した時計が、このモデルとのこと。自動巻き(Cal.SW200-1)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。SSケース(直径41mm、厚さ12.3mm)。50気圧防水。55万円(税込み)。
鈴木
「ほそやんが持ってるEZM3と今回の討論会のモデル、逆に何が違うの?」
細田
「クロノグラフが付いているかいないかです。細かいところで言うと、EZM3はケースの直径が40mmですが、こちらは41mmとひと回り大きいですね。そうそう、カレンダー表示の違いもありますね。EZM3のカレンダー表示は赤色なんです。赤というのは、海中では波長として最初に消える色です。ダイビング中は極力情報を少なくするという目的からですね。対して613 Stは白です」
鶴岡
「へー! じゃあ、なんでこのモデルは白にしたんでしょうね? 500m防水もあるのに……」
細田
「そこまでのツールウォッチではないということなんでしょうね。日常で使うのであれば、明らかに白の方が見やすいですから。一見EZMとソックリなんですけど、そういう細かいところでキャラクターを分けているんですね」
鈴木
「613 Stのクロノグラフ秒針と60分積算計の針の先端は赤くなってるよね。仮にダイバーとして潜った時、このあたりが消えるから、クロノグラフは使わないということかな」
鶴岡
「でも、水中でクロノグラフを使えるというのも推しポイントなんですよね?」
細田
「この時計に限らず、D3システムであれば、クロノグラフの水中使用はできますね」
鈴木
「まぁ仮にクロノグラフを使えたとて、60分積算計しかないから、ベゼルで十分だよね。」
細田
「それもそうですし、実際にダイビングでこの積算計の大きさでは使い物にならないと思います」
鈴木
「売りかもしれないけど、正直水の中でプッシャーとか触りたくないよね。パッキンはしっかりしているだろうけど」
搭載ムーブメントとその使い勝手
鈴木
「ムーブメントってセリタのCal.SW515だよね?」
細田
「そうです。ジンの中にはコンセプトを使っているものもありますが、このモデルはセリタオンリーですね」
鈴木
「要するに、ETA7750の代替機だね。であれば、9時位置のスモールセコンドのほか、12時位置に30分積算計、6時位置に12時間積算計のレイアウトであるはずが、あえて6時位置に60分積算計をひとつ置くだけに変更しているんだ」
広田
「この時計で感心させられたのはそこです。おそらくCal.SW515の積算計に、中間車を噛ませて60分化したのでしょうが、類似の改良を、他社ではほとんど見たことがありません。積算計周りにスペースの余裕がない7750系を、どうやって改造したんだろう? また、EZM13.1ではジャンピング式だった積算計の運針を、本作ではジワジワと変わる常時送りに改めています。EZMほど、厳密な計測は必要ないという判断なのかなぁ。一方でデイデイトを加えて、実用性を固めています。とはいえデイリーユースに特化したわけではなく、スモールセコンド表示をグレーにすることで視認性を高めているというのは、ジンらしいメリハリの付け方ですね」
鈴木
「今回、あまりクロノグラフ使わなかったんだけど、7750じゃないにしろ、プッシャーを押した時、ある程度の重さがあるよね」

細田
「そうですね。パッキンが二重になっているから、より押し心地の重さに関しては渋くなってしまうのは仕方ないのかもしれません。今回ほかのメンバーもクロノグラフはあまり使っていないようで、本当は僕がダイビングに持っていけば良かったんですけど、借り物なので遠慮しました」
鈴木
「まぁダイバーズウォッチである以上、クロノグラフは使わない前提になっているのかもね。この押し心地以上に気になったところがあるんだけど……みんな思ってるかも」
要改善点か、モダンダイバーズとしてのキャラクターか
細田
「それは、どういったところですか?」
鈴木
「デザイン的にこのモデルはすごくかっこよくて、特に6時位置の60分積算計も良いと思うんだけど、時針か分針がインダイアルに重なった時に時間が分からなくなる。白と白が被っちゃって、見えにくいんだよね。60分積算計が大きいじゃん? だから、もう針が消えちゃうんだよね。非常にストレスフルでした。これだけは言っておきたい(笑)」
細田
「コントラストが強くて視認性が高そうなデザインをしておきながら、そういった点が致命的だというのは、意外と盲点ですね」
鈴木
「ちょっとデザインに走ってしまったよね。ジンらしくない」
細田
「やはりEZMとは似て非なるものなんですね。EZMは特殊部隊の使用が前提になっていて、極力ヒューマンエラーを排するつくりになっています。EZMであれば、こうはなっていなかったでしょう」
大橋
「『クロノス日本版』122号の『ウォッチタイム』翻訳記事では、613 Stに第2時間帯表示を付加した『613 St UTC』を取り上げたのですが、リュディガー・ブーハーもまったく同じことを言ってましたよ」

自動巻き(Cal.SW535)。23石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約56時間。SSケース(直径41mm、厚さ15mm)。500m防水。84万1500円(税込み)。
細田
「実際着けた人の感覚として、まず出てくるところですよね」
鈴木
「デザイン優先なのは分かるし、白と黒のコントラストや白の使い方はうまいんだけど、肝心な時刻を読めないというのは残念ですね」
広田
「確かに、残念でしたね。EZMとの違いを明確に出したかったのでしょう。僕は使っているうちに慣れてきましたけど、積算計の色は、例えばクリームやグレーにした方が、視認性は改善されたと思います」
細田
「EZM13.1では、60分積算計は黒にしてるんですよね」
鈴木
「613 Stの60分積算計の白は、デザイン的な肝だと思うんだよね。そこに赤の差し色を入れている点も含めて、デザインとして良いんだけど、広田さんの言うように、トーンを変えるといった工夫のしようはあった気がするね」
大橋
「蓄光塗料を載せた針の周囲に、黒い縁取りを付けるなんてのもアリかもしれませんね」
広田
「僕はジンが好きだから、このモデルにも無条件で100点をあげたいところです。しかし、6時位置の積算計が針と針を埋没させる点は惜しい。使えば慣れるけれども、視認性を重視してきたジンだからこそ、今後、積算計のモディファイは期待したいです」
時計オタクはやっぱり心地よい、ジンの存在感
細田
「実際に着けてみた感想はどうですか?」
大橋
「重くて存在感を感じる時計でした。でも、腕なじみは良かったです。日常でガシガシ使いたい時計です」
細田
「この手のモデルって、ブレスレットの出来が特段良いというわけではないんですよね。ただ、最近のジンのブレスレットはピン式から六角レンジで接合されるタイプへと徐々に変わっていて、ピン式よりもコマが分厚くなって、結果的にヘッドとのバランスが取れた結果、着け心地は良くなってるんですよね」
鶴岡
「女性の私にとっても、手首回りにピッタリ合わせたら、確かに重かったですが、着け心地は悪くありませんでした」
細田
「僕が使っているEZM3からの進化をもうひとつ挙げるとすると、バックルがダブルフォールディング式からプッシュ式になったので、付け外しもしやすくなりましたよね。外れるリスクは高くなりましたけど」
鶴岡
「バックルにサイズの微調整機能も付きましたね」

細田
「ちょこっとなんですよね。先ほど『借り物だからダイビングに持っていかなかった』といったけど、実は理由はそこにもあって。以前はエクステンション式に伸びて、ダイビングスーツの上からも着けられるタイプだったんだけど、伸びる率でいうと腕のむくみの対応くらいで、ドライスーツの着用に対応するまでには至りません」
鈴木
「“陸ダイバー”であれば、十分だよね。500m防水は何も潜る時だけではなく、動圧力のかかった水を受ける時にも、安心感がある」
大橋
「実際のダイビングだったらい、シリコンストラップが良いですね」
細田
「ちなみにジンはISO 6425には準拠していませんが、ドイツの規格であるDINとDNVで認証されていて、がっつりダイバーズではあるんですけどね。であれば、ブレスレットの仕様は改善の余地があるかもしれません。もっともISO規格によると、各時間について蓄光塗料を設けなくてはならず、そこはきちんとカバーしていますね」

鈴木
「蓄光塗料はかなり光っていて、これだけ光るのであれば、どこであっても暗所での視認性は良いよね。そのあたりの実用性はしっかり押さえている」
広田
「着け心地について補足すると、ヘッドとテールのバランスは良いですね。大きくて重いムーブメントに盛り上がった裏蓋、そして軟鉄性の耐磁ケースを持つにもかかわらず、腕なじみが良いというのは、太いブレスレットが重さを散らしているのでしょう。“極上”ではないけど、十分快適です」
鈴木
「確かにステンレススティールで、重さはしっかり感じるけど、着け心地は悪くないよね。自分は、この重さは心地よい感覚だと思っていて、初めて買った機械式時計がETA7750を搭載したジンの『203』だったんだけど、やっぱりステンレススティールで、手首に巻くとちゃんと手元に存在感があって、重いっちゃ重いんだけど、それが『初めての機械式時計を所有している実感やうれしさ』につながったんだよね。時計に慣れると、外している時の方が寂しい感覚になったりして。ジンは、昔も今も、重心が安定しているから重さが好ましいかな。そういう、昔から変わらないジンの良さは感じました」
大橋
「ところで皆さん、ラグの形ってどう思いましたか? 寸詰まりだけど鋭角のファセットを取って全体を締めているのが高級感となっていて、個人的には好きでした」
細田
「もう自分は見慣れてきちゃってるんだけど、確かにそうだね。あと、オシャレにはなったけど、相変わらず計器感もある。そのあたりは女性としてはどうですか?」
鶴岡
「オシャレ……私は、ツール感満載だなぁと思いました。広田さんが好きそう(笑)」
鈴木
「オシャレというか、洗練されつつ、ジンLOVERも好きなデザインだよね」
細田
「いまだにベゼルはアルミですしね」

鈴木
「どんどん他社のアウターベゼルがセラミックス製になってしまう中で、アルミの懐かしさが良いよね。ベゼルと同様、外装のステンレススティールの処理もジンらしくて良い」
細田
「この仕上げは、傷が目立たないのが良いんですよ」
鈴木
「ポリッシュのステンレススティールは、それはそれでかっこいいんだけど、傷がどうしても目立ってしまう。そのあたりはツールウォッチへの振り切りを感じる」
広田
「サテンとポリッシュで仕上げ分けをするといった、分かりやすい高級感はありませんが、今のSUGらしい上質さがありますよね」
細田
「今回討論会のためにこのモデルを着けて、改めて時計の“存在感”が大切ということに気付かされました。薄けりゃいい、軽けりゃいいっていうものでもないという、時計の面白さを感じましたね」
取っ付きやすくなったオタク時計として
鶴岡
「最後に、このモデルがどの層にリーチするのか、ジンのコレクションの中でどのようなポジショニングになっていくのかについて、議論していただけませんか?」
細田
「ジンは高くなったとはいえこのモデルは60万円台ですから、機械式時計の入り口としては良いですよね。あと、時計好きのエントリーモデル的な立ち位置にもなると思います」
鈴木
「時計好きというより、自分にとっては『時計オタクのエントリー』って感じかな。この前、渋谷のSinn DEPOT(ジン・デポ)でイベントをやってて、広田さんと顔を出したんだけど、そこに集まっていた顧客の顔ぶれは20年以上前と変わらないように思えたよ(笑)」
鶴岡
「なんか、それ素敵ですね。20年間、ターゲットが一貫しているんですね」
細田
「なんなら売ってる人も、メンバーがあんまり変わってないしね(笑)」
鈴木
「販売店側からも消費者側からも、良い意味で変わらない人々に支えられているブランドだね。ひとくちに時計好きと言っても、カジュアルだったりオシャレ方面にいったりするユーザーよりかは、ツールとしての時計に価値を置くユーザーがジンの顧客には多いよね。ドイツブランドというのも良い」
細田
「そんなジンの中で613 Stは、EZMなどと比べてハードルの低いモデルかもしれません。右リュウズをはじめ、一般ユーザーへの取っ付きやすさを持っていますね」
鈴木
「まさに民生品って感じ」
細田
「人気のオタクモデルを、もう少し取っ付きやすくしようとしたんでしょう。そんな努力の結果です」
鈴木
「機械式時計の中でも、ジンの中でも、エントリーモデルになり得るよね。ここから入ってどんどんコアなところに深掘りするのもアリ。ジン・デポは売ってる人たちが詳しいから、いろいろ質問したら教えてくれるよ。それと、良い意味でETA7750とそれらの代替機を今でも使い続けている点も、エントリーモデルとして最適かな。もっとも、自分も最初に使ったモデルがETA7750搭載のジンだったから、異様な愛着があるのかも(笑)。よく主ゼンマイを巻いてると思ったら、ローターの空転だったりとか(笑)。楽しいし、安心感があります。いろいろ言ったけど、結局は、ジンLOVEなんです」
細田
「僕もクロノスに入って初めて出たボーナスで買った時計がジンでした」
鶴岡
「時計オタクは、みんな最初はジンなんですね!」



