エベラールの名作(迷作?)「ネイビーマスター」/ 時計修理の現場から

FEATUREその他
2020.02.28

今回修理に出したのは、エベラールの名作(迷作?)「ネイビーマスター」だ。初出は1987年、エベラールの創業100年を記念して作られた自動巻きクロノグラフである。

ネイビーマスター

ド不定期連載『時計修理の現場から』。今回は編集長広田が「イタリア人とオタクしか買わない」と称するエベラールの名作「ネイビーマスター」を修理現場へ持ち込んだ。エベラールは1887年スイスのラ・ショー・ド・フォンで誕生し、1930年代よりイタリア海軍で正式採用されたことを機に、今でもイタリアで高い支持を得ている時計ブランドである。
広田雅将 (クロノス日本版):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)


修理品/エベラール「ネイビーマスター」

 記念すべきモデルにもかかわらずETA7751を載せる本作は、多くの愛好家からは見向きもされなかったし、今後もおそらくそうだろう。しかし、筆者は往年のクロノグラフを思わせる緻密な文字盤や、直径30mmの機械を36mmのケースに押し込むという大胆なパッケージングを好んできた。今やどんなに経験が乏しいプロダクトマネージャーでも、こんな危なっかしい時計は企画しないだろう。荒削りな「ネイビーマスター」の構成からは、機械式時計の世界が盛り上がらんとする時代の勢いが感じられて、なんだか微笑ましい。

 しかし、ニッチなメーカーのエボーシュ搭載機が人気を博すはずもなく、ネイビーマスターの市場価格は今や驚くほど安い。加えて搭載するETA7751が複雑なため、残った個体の多くは、きちんと整備されていない。筆者は今までにこの時計を2本買ったが、最初の1本は機械が全体的に摩耗していて、手放さざるを得なかった。部品が手に入りやすいETA7751といえども、摩耗しきっていたらどうにもならないのである。しかし、最近手にした2本目は中身がマシそうだったので修理することに決めた。もしきちんと直せたならば、市場にあるネイビーマスターで、もっともマトモな個体になるだろう。なっても喜ぶのは自分ぐらいしかいないけど。


「ネイビーマスター」の状態確認

 ゼンマイワークスに持ち込んだところ、ケースが傷んでいるから高くつくかもしれない、と社長の佐藤努氏に言われた。個人的な意見を言うと、時計のケースが信頼に足るようになったのは、ステンレススティールの素材が良くなり、加工精度の上がった2000年前後からだ。それ以前のケースは、天下のロレックスであってもいささか怪しいと思っている(きちんと整備されてきた個体は問題ない)。と考えれば、1980年代のエベラールがまともとは考えにくい。しかも裏蓋の固定方法は、ネジ込みではなく、問題の多いネジ留めだ。

 バラしてさらに問題が発覚した。佐藤氏いわく、クロノグラフに関わる針はことごとく“袴”(=パイプ)がやられているそうだ。クロノグラフに限らず、針の抜き差しを繰り返すと、針を軸に固定するための袴の穴が広がっていく。広がるとかしめて固定するが、広がりすぎるとかしめても戻らない。そのため多くの時計メーカーは、修理の際に、針も交換するようになった。新しい針を喜ぶ人は少なくないが、筆者はできれば同じ部品を使いたい。しかも、古い時計に使われたオリジナルの針はメーカーにも在庫がない場合が多く、袴だけ同じサイズの別の針で代用する場合もある。メーカーで修理すれば機械部分は完璧に直るが、薄っぺらい、寸短の針に置き換わるのは気に入らない。

編集長の広田は、どのようなコンディションであれ、中古時計を購入したら基本的にはオーバーホールに出す。「どんな状態か分からないものを使うのは怖い」とのこと。

袴(=パイプ)の穴が広がりすぎた状態のクロノグラフ針。歯車のホゾと噛み合う袴は、使っているうちに緩んでしまい、最悪の場合針が外れてしまう。