大径ムーブメントの利を活かす頑強なコンプリケーション
今や、時計の最新トレンドは小径薄型だ。しかし、IWCは頑なにポルトギーゼコレクションのサイズを縮めようとしない。
同社の技術力をもってすれば、ポルトギーゼを薄く小さく仕立てることは難しくない。
ではなぜ、同社はそうしないのか。ポルトギーゼのコンプリケーションモデルから、IWCの思想を見ていくことにしよう。
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
IWC “JUBILEE” REVIEW
・フライングトゥールビヨンに永久カレンダーを併載したモデル。ゆとりあるレイアウトが、無類の頑強さをもたらした。自動巻き(Cal.51950)。54石。1万9800振動/時。パワーリザーブ約7日間。18KRG(直径45mm)。3気圧防水。世界限定50本。予価1311万円。
ポルトギーゼ・パーペチュアル・カレンダー“150 イヤーズ”
・新型自動巻きのCal.52000系に、改良版の永久カレンダーを加えたモデル。ムーンフェイズの表示誤差は、577.5年にわずか1日。自動巻き(Cal.52615)。54石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約7日間。18KRG(直径44.2mm)。3気圧防水。世界限定250本。予価418万円。
ポルトギーゼ・コンスタントフォース・トゥールビヨン “150 イヤーズ”
・定力装置のコンスタントフォース付きトゥールビヨンに、極めて正確なムーンフェイズ表示、そしてパワーリザーブ表示を持つ大作。手巻き(Cal.94805)。41石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約96時間。Pt(直径46mm)。3気圧防水。世界限定15本。予価2700万円。
1939年に発表された「ポルトギーゼ」は、リストウォッチではなくポケットウォッチ用のムーブメントを載せることで、腕時計に超高精度を与える試みだった。同時期、IWC以外の時計メーカーも、いくつかの腕時計に懐中時計用のムーブメントを搭載した。しかし、それらは基本的に軍用であり、民生用としてリリースされたのはポルトギーゼだけだった。というのも、懐中時計用のムーブメントを腕時計に載せると、直径40㎜を超えてしまう。30㎜というサイズが当たり前だった当時、このサイズはあり得ないと考えられたのである。しかし、以降もIWCはポルトギーゼを作り続け、やがてその高精度とサイズは、ポルトギーゼの個性となった。
1990年代に「ビッグウォッチ」のブームが巻き起こった後、ポルトギーゼはその祖のひとつ、とみなされるようになる。もっとも、多くのビッグウォッチと異なり、ポルトギーゼのサイズは、マーケティングではなく、あくまでムーブメントが規定したものだった。好例が、2000年に発表された通称「ポルトギーゼ2000」だろう。
当時IWCの会長だったギュンター・ブリュームラインは、技術陣から、ポルトギーゼ用に自動巻きムーブメントを作りたい、という要望を受けた。対して彼は次のような条件を出した。「(オリジナルのポルトギーゼに同じ)懐中時計サイズであること、そして7日間のパワーリザーブを持つこと」。ブリュームラインは、巨大なポルトギーゼのケースには、香箱の大きい、長いパワーリザーブのムーブメントが相応しいと考えたのである。
オリジナルと同じく、懐中時計並みの大きなムーブメントを載せたことは、2000年以降のポルトギーゼにユニークなキャラクターを与えることとなった。大きな香箱がもたらす約7日間という長いパワーリザーブは高い等時性をもたらし、主ゼンマイの強いトルクは、複雑機構を併載しても精度を悪化させなかった。加えて、ムーブメントの直径を拡大した結果、部品のレイアウトには余裕を持てるようになった。かつてのポルトギーゼは、高精度のために大きなムーブメントを載せたが、今やそのサイズは、普通の腕時計では得られない拡張性をもたらしたのである。
コンスタントフォース・トゥールビヨンと577.5年に1日しか誤差のないムーンフェイズ表示と、レトログラード式の日付表示を持つムーブメント。ダブルバレルと、巨大なキャリッジを載せているにもかかわらず、各部品の配置には決して無理がない。なお、この写真は「インヂュニア」が搭載する94800。しかし、基本はポルトギーゼと同じである。