1950年代初めに、ロレックスとブランパンが、今では典型となっている回転式ベゼルを採用したことによって、現代の本格的なダイバーズウォッチの原型となるものを作り上げた。しかし彼らがダイバーたちによって使われる最初の時計を発明したというわけではない。では、ダイバーズウォッチが出来る前、ダイバーたちは何を使っていたのだろうか?
時をさかのぼってみると、第2次世界大戦中には(特にイタリア海軍の潜水夫たちによって)、海中での作戦そして海難救助や引き揚げの必要性が顕著であった。このためタイミングや方向性を正確に測りながら、水中での作戦を遂行するための、防水性のある時計のニーズが飛躍的に高まったのである。1940年代にはさまざまな防水時計が導入され、その中には防水性を高めるためにリュウズにキャップが付けられたキャンティーン(水筒)タイプのものもあった。1930年代の初めには、パネライがイタリア海軍のダイバーたちにさまざまなツールとともに(ロレックスの協力を得て)ダイバーのために特別に開発された最初の時計を供給していた。
1932年、より民間レベルで、オメガが角型腕時計のマリーンを発表。左右へのスライディングで取り外し可能な特許取得のケースを採用し、(理論上は) 100m以上の防水性能を持っていた。これによって、マリーンはアメリカの博物学者で探検家のウイリアム・ビーブによって、水深14mでも水が浸入しないことが確認され、フランス海軍士官のイヴ・ル・プリウールなど、ダイバーズウォッチのパイオニアたちによく使われていたのである。
ただ、本当に初期のものにたどり着くにはさらに時間をさかのぼる必要がある。
1920年代初頭、時計会社はいくつもの防水性があるケースを備えた一般的な腕時計やブレスレットウォッチを市場に導入していた。中でも1927年にメルセデス・グライツがドーバー海峡の横断遊泳に成功した際、身に着けていたロレックスのオイスターケースは最も顕著な例となっていた。しかしながら、ダイバーをターゲットとする水中の世界は、当時のダイバーが水中を歩いて移動していたという点において、時計産業にとって基本的にないに等しい存在と見なされていた。
なぜなら、当時は保護用ヘルメットをかぶったダイバーたちが活躍する時代であったからだ。1820年代から、勇気ある者たちが消火活動に使われることを意図して開発されたツールを使い、海底を歩くことを試みるようになっていた。海上からは常に空気が供給されていたため、水中での時間計測は彼らにとって最優先事項ではなかったのである。海中探索の領域がさらに広げられ、またダイビングの産業化に伴って、20世紀初頭には最初の自律的なダイビング用に開発されたヘルメットが確立されていった。これにより、ダイバーたちにとってどれだけの時間を水中で過ごすことができるのか、ということを知る必要性が増してきたのである。時計産業界はすでに、さまざまな理由のために防水性のある懐中時計作りの経験を積み重ねていた。幸いにもダイビングスーツの外側につける懐中時計という考え方は研究開発の対象とならなかった。なぜなら、懐中時計はダイバーたちの任務による物理的な要求に耐えられなかったからである。
その解決法は至極単純なものであった。ダイバーたちは懐中時計をダイビング用ヘルメットの内側に装着したのである。これによってダイバーたちは常に視界の中に、深度計とともに時間を捉えることができるようになった。この方法では、必要なときにいつでも時計を取り出せるように、ヘルメット中にふたつ目の時計収納ケースを取り付ける方法がとられた(写真参照)。
つまりダイバーたちが、「ヘルメット装着!」という命令を聞いた直後に、視界に入りなおかつ聞こえてきたのは、懐中時計の文字盤と、チクタクという刻音であった。それが水に浸からないことを祈りつつ。