時計経済観測所 / 好調な時計市場に影を落とすトランプの「貿易戦争」

2018.09.23

好調な時計市場に影を落とすトランプの「貿易戦争」

米国のトランプ大統領が仕掛ける「貿易戦争」。各国の経済状況が決して悪いわけではないだけに、世界の政治リーダーは言うまでもなく、各国の経済人が彼の一挙手一投足を注視する。そんな情勢を睨みつつ、絶好調のスイス時計輸出の現状と展望について、気鋭の経済ジャーナリスト、磯山友幸氏が分析・考察する

磯山友幸:取材・文 Text by Tomoyuki Isoyama
ユーピーアイ/アマナイメージズ:写真 Photograph by UPI/ amanaimages

2018年3月8日、米国ワシントンDCのホワイトハウスにおいて、ドナルド・トランプ米大統領は、鉄鋼に25%、アルミニウムに10%の輸入関税を課す大統領布告に署名。いわゆる「貿易戦争」の火蓋が切られた。

 スイスの全世界向け時計輸出が好調だ。スイス時計協会がこのほど発表した2018年上期(1月から6月)の累計輸出額は105億1140万スイスフラン(約1兆1830億円)と前年同期比10.5%増の大幅増加となった。このままのペースが続けば、2018年の年間では3年ぶりに200億スイスフランを突破、2014年に付けたピークの225億5770万スイスフラン(約2兆5000億円)に迫る見通しだ。

 背景は、世界経済が順調に成長していること。IMF(国際通貨基金)は2018年の世界経済の成長率を3.9%と見込んでいる。ここ数年3%台の成長が続いており、世界各地で消費も堅調に推移している。そんな中で、スイスの時計輸出に猛烈な追い風になっているのが中国向けの伸びだ。

 スイス時計の世界最大の輸出先は香港だが、2018年上期はその香港向けが前年同期比29.5%増と大幅に増えている。香港は中国大陸の景気に左右されるが、2015年、2016年は景気が大幅に後退。高級自動車などの販売が激減した。スイス時計も例外ではなく、2014年に41億2190万スイスフラン(約4640億円)に達していた香港向け輸出額は、2016年には23億8260万スイスフラン(2680億円)にまで減少した。それが2018年はこのままのペースなら30億スイスフランを超えるのは確実な情勢になっている。「中国(本土)」向けも大幅に伸びている。今年上期の伸びは13.4%になった。2015年に上海株が急落したことをきっかけに需要が落ち込んでいたが、2017年上期あたりから底入れが鮮明になった。何といっても巨大消費市場である中国・香港の景気が高級時計市場の行方を大きく左右する。

 今年の特徴は景気回復が世界全般に及んでいること。それをスイス時計の輸出データも如実に示している。スイス時計の主要輸出先30カ国・地域のうち23カ国が前年同期比でプラスになっているのだ。しかも2ケタの成長になっているところが、16カ国もあるのだ。

 最も増加額が大きいのがインドで増加率は76.8%に達する。まだまだ輸出金額自体は7500万スイスフランと小さく、輸出先としても26位だが、消費経済が本格的に成長を始めれば人口が多いだけにインパクトは大きい。

 中近東地域も好調だ。2番目に伸びが大きいのがカタール(36.4%増)で、それにバーレーン(36.7%増)、クウェート(28.2%増)が続く。トルコ向けも45.3%増えている。

 先進国向けも好調だ。2位市場である米国向けが9.1%増の10億8030万スイスフランと順調に伸びていることが大きい。上半期で見ると米国向けは2016年から2017年にかけて減少していたが、この上期は2年前の2016年上期の実績(10億5100万スイスフラン)を上回っている。

 これと同じ傾向なのが日本向け。2016年上期の6億3400万スイスフランから昨年上期は5億7400万スイスフランにまで減少したが、それが今年の上期は6億5400万スイスフランにまで回復している。対前年同期比の伸び率は14.0%に達する。株価の上昇や賃金引き上げによる可処分所得の増加などがジワジワと高級時計需要に結びついている。

 そんな世界的な需要好調の中で最も懸念されるのが米国のトランプ大統領が仕掛けている「貿易戦争」の余波だ。鉄鋼製品など米国向け輸出品に超過関税をかける措置を打ち出している。中国やEU(欧州連合)はこれに強く反発。対抗措置として米国製品の関税を引き上げる動きが出ている。IMFはこれが自動車の関税引き上げなどに発展すれば、世界経済の成長率は0.5ポイント下押しされると試算している。高級時計など消費財にまではすぐには影響しないものの、貿易全体が落ち込むようなことになれば、先々の影響は避けられない。

 スイス時計の輸出先で見ても、EUからの離脱(ブレグジット)を控える英国向けが10.9%減と大幅に落ち込んでいる。結局、自国主義に陥って自由貿易に背を向ける国には、その国の経済にしわ寄せが行くことになる。

磯山友幸
経済ジャーナリスト。1962年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞社で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、『日経ビジネス』副編集長・編集委員などを務め、2011年3月末に独立。著書に『「理」と「情」の狭間 大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』『ブランド王国スイスの秘密』(いずれも日経BP社)など。現在、経済政策を中心に政・財・官界を幅広く取材中。
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