張さんと杜さんがお茶について話をはじめると、これはもう際限がない。なにしろ中国の茶は3000年の歴史の産物だし、人類の生んだもう一方の飲物、酒と共に、おおいに語るべき幸福の素材である。
「どうかな先輩この茶は」と細身の張さんが答えを促している。一方、背丈は張さんと同じくらいだが、がっちりして丸顔の杜さんは、眼を半眼にして茶の香気に対して集中している。
そしてひと口飲んで喉もとを茶湯が通過した後、杜さんははじめて晴れやかに笑って、「悪くないね。相当高い山で採れたね」と言う。
香気と味と茶湯の色、そして喉ごしだけで茶の産地や、どれくらいの標高の産なのかが、本当に分かるのだろうか。もちろん、彼ら専門家にかかれば可なのである。
ここは台湾中部の南投県鳳凰山中、世界の鳥を集めた、鳥園の茶店である。鳥園といっても、天然の大峡谷の片側斜面の広大な面積を費やしての大パノラマに位置する環境だ。雲海と高く紫に霞む山々を借景にした、茶を味わうに申し分のない世界だった。
「松山さんは気に入りましたか」
「けっこうですね。淡泊だけど、それでも充分な香気と、甘味もありますね」
「そうです。香りは清らかじゃなくちゃね。これは多分1600m級の標高の畑でしょうかな。ちょっと聞いてみましょう」杜さんは茶店の若い女主人に、台湾語で質問をしている。張さんが鍋の中から、茶葉を入れて煮た『茶葉蛋(チャイエタン)』を取り出して皆に配る。台湾の人は、何もかもあなたまかせにしないで、自分でやれることは、いとも簡単にやってのけるのだ。店の人も手間が省けるし、こうした茶店ではそんなおおらかなやり方が似つかわしい。
「松山さん、分かったよ。やはり1600mくらいの、山の茶畑の品だそうです」
僕は『茶葉蛋』の殻のヒビ割れから茶がしみ込んで、玉子の白身の表面にできた、きれいな大理石模様に見とれていたのだった。
「いわゆる高山茶の部類に入るんですね」
「そうです。茶湯の色の淡さは、日本のお茶に似ているでしょう」
「そういえば、そうですね。ねえ杜さん、このお茶、分けてもらえないかな」
カメラマンの佐藤君が、僕も欲しいと言い、青空の下のテーブルが、そのまま茶を袋詰めする作業台になった。
もうひとりの旅の仲間、貿易会社の矢沢氏は、さきほどからテーブルの上の茶葉をしきりにつまんだりしていたが、
「いやあ、これは茎をていねいに取ると、相当いいお茶になりますよ」
この人も、台湾の茶に関しては年期のはいった達人で、さきほどから、農家の人が良い茶を作るために最終工程でやる、茎除きをやっていたらしい。
なるほど、ていねいに茎を取った茶は、見るからに上品になった。まるで思春期を迎えた娘たちが見ちがえるように艶っぽくなるようにだ。
茶店の女主人は、サービスにと筍で作ったクラッカーなどの茶菓子を、一段高みにある店先から持って来てくれた。筍のクラッカーとは意外な品だが、同じ南投県には竹製品や筍で有名な、その名も竹山という地区がある。
竹山には、まだ会ったことのない、僕の家内の叔父さんがいる。もともとこの鹿谷郷周辺には、不思議な縁があるのかも知れないと思った。