ロレックスは世界的に知られた腕時計ブランドである。その知名度の高さは、ジェームズ・ボンドやポール・ニューマン、その他の著名人との映画における露出によらずとも、シンプルな時間計測のためのモデルから世界初の機構を搭載したモデルまで、幅広いラインナップによってなされている。ここではロレックスについて知っておきたい10のポイントを紹介していく。
Text by WatchTime
2019年11月 掲載記事
1.黎明期
1905年、ハンス・ウイルスドルフとそのビジネスパートナー、アルフレッド・ジェイムズ・デイビスは「ウイルスドルフ&デイビス」をロンドンで設立。ウイルスドルフは「ロレックス」の商標を登録し、スイスのラ・ショー・ド・フォンにオフィスを開いた。そして1915年に社名を「ロレックス・ウォッチ・カンパニー」と正式に変更した。ウイルスドルフ自身が明言したものではないが、ロレックスという名前の由来について説はさまざまにある。そのうちのひとつが、自身の会社を「コダック」と名付けたジョージ・イーストマンの例に倣ったというものである。イーストマンはブランド名をひらめくやいなやすぐに成功を収めた。他の説では、ロレックスという名がフランス語の“horlogerie exquise(卓越した時計製造技術)”に由来する言葉遊びの一種であるというものもある。発想の元が何であれ、この名は人々の記憶に残ることとなる。
2.特許と世界初
1910年、ロレックスは後の公認時計検定局(Offiicial Watch Rating Center)となるビエンヌ時計学校による、公認歩度証明書を世界で初めて取得した腕時計であった。1926年には最初の防水機能搭載の時計、言うまでもないオイスターの特許を取得している。
1945年に登場したデイトジャストによって、文字盤に日付表示を持つ自動巻きの腕時計を市場に導入。1947年にはパイロット、チャック・イエーガーがオイスター パーペチュアルを着用し、世界初の音速を超えた腕時計となった。
1953年に発表されたサブマリーナーは100mの防水性を備えたダイバーズウォッチとなった。同じ年には、エドモンド・ヒラリー卿やテンジン・ノルゲイら探検隊とともにロレックスの腕時計はエベレストの初登頂を果たした。
1960年にはロレックスは、マリアナ海溝の深海潜航に時計を提供した最初の会社となった。1967年、同社はヘリウム排出バルブの特許を取得。そして1988年には904Lステンレススティールを採用する初めての時計会社となった。
ロレックスは、自らの革新的機構で数々の特許を生み出したことでも知られている。その中には、ツインロックやトリプロックなどのねじ込み式リュウズ機構も含まれている。パラクロムは、ロレックスが開発、特許取得、製造を行っている素材で、ヒゲゼンマイに使用されている。エバーローズゴールドはロレックスが自社内で開発、特許取得、製造を行っている合金素材だ。耐震装置の「パラフレックス ショック・アブソーバー」は、ムーブメントの心臓部である調速機構(テンプ)を衝撃から保護する役割を担っている。
3.キュー天文台より“A級”認定
昔、航海において船舶はマリンクロノメーターに航路を委ねていた。時間計測の精度は船乗りにとってだけでなく、国全体にとって最も重要なことであった。
時計メーカー各社は手作りの、そして自らの手によって調整を行った繊細なマリンクロノメーターを検査のために、ヌーシャテル、ジュネーブ、ブザンソン、そしてキューなどの天文台へ持ち込んでいた。それぞれの天文台は独自の基準を設けており、中でも英国キュー天文台のそれは最も厳しいものであった。その検査項目は現在のC.O.S.C.よりも、はるかに厳格なものだったのだ。何十年もの間、人の手で調整が行われていたデテント式脱進機のマリンクロノメーターのみが、その検査を通過してきた。中でも特に良好な記録を残したものだけが、“A級”の公認歩度証明書を取得することができたのである。
1914年、ロレックスは腕時計で初めてキュー天文台A級の公認歩度証明書を取得する。1940年代、ロレックスは145個の腕時計用ムーブメントをキュー天文台に検査のために送っている。(おそらくハンス・ウイルスドルフとその関係者を除く)すべての人々にとって驚くべきことに、そのうち136個がA級の公認歩度証明書を取得したのである。ロレックスが検査にかけたムーブメントは、10 1/2’’’ハンターというロレックスが作っていたものの中でも最も安価な部類に入るもので、それぞれに汎用ムーブメント用として生産されているテンプと脱進機を搭載して、「キュー A」ムーブメントは作られていたのである。これらのムーブメントは特に手仕上げが施され、ひとつひとつが時計師のマイスター、ジャン・マティルによって調整されていた。そのほとんどのムーブメントはステンレススティール製32mm径のオイスター・スピードキングに搭載され、24個はゴールド製34mm径のRef.6210として販売された。言うまでもなく、これらの時計は現在でもコレクターたちの垂涎の的である。
4.ジェームズ・ボンド
ロレックスは実在する多くのセレブリティたちとの関りが深いが、最も有名なコネクションは、実在しない人物ジェームズ・ボンドとのものであろう。ロレックスのコレクターたちは、どのモデルがどの映画で使用されたのかと詳細に推測しているが、14冊の原作の中でイアン・フレミングが唯一、「007」が着用と明言したブランドはロレックスのみである。そのため当然ながらロレックスは映画にも登場した。映画で使用されたモデルについては諸説あるが、以下に挙げる映画にロレックスが露出したというのは確実なところであろう。『007 ドクター・ノオ』『007 ロシアより愛をこめて』『007 ゴールドフィンガー』『007 サンダーボール作戦』『女王陛下の007』『007 死ぬのは奴らだ』『007 黄金銃を持つ男』『007 消されたライセンス』。
「007」の時計が「ジェームズ・ボンドのサブマリーナー」として知られるようになった背景には、このような関係性がある。特にその印象を強めたのは1954年から1959年にかけて作られたRef.6538だろう。中には初期のリュウズガードのないサブマリーナーを「ジェームズ・ボンドのサブマリーナー」として挙げる人もいる。伝説はすでに生まれているのだから、それをどのように定義するかはあなた次第だ。