時計経済観測所 / 訪日中国人消費に影を差す「ふたつの問題」

2018.11.25

訪日中国人消費に影を差す「ふたつの問題」

意外にも好調を維持する日本経済と、日本へのスイス時計の輸出だが、それを支える大きな要因のひとつが、訪日中国人による高級品の旺盛な消費である。だが、ここに来て、順調に伸びを見せる訪日中国人の足を止めかねない問題が起きた。それもふたつもだ。気鋭の経済ジャーナリスト、磯山友幸氏が、その「ふたつの問題」を分析・考察する。

磯山友幸:取材・文 Text by Tomoyuki Isoyama
ユーピーアイ/アマナイメージズ:写真 Photograph by UPI/ amanaimages

2018年9月4日午後5時39分、台風21号によって発生した高潮の影響で冠水した関西国際空港。滑走路や旅客ターミナル1階が広範囲にわたって数十cmほど水没した。滑走路は、2本あるうちの南側の第1滑走路が冠水した。この高潮被害による経済損失額は、民間金融機関などが独自に試算したところによると、1日当たり数十億円規模にのぼり、今後、関西経済に与える影響が懸念される。

 国のドナルド・トランプ大統領が突如として打ち出した中国製品への輸入関税引き上げは、中国側の報復関税の発動も加わり、「米中貿易戦争」の様相を呈している。自由貿易を前提に成長してきた世界経済には一転して暗雲がたれこめている。果たして好調が続いている高級時計などラグジュアリー商品市場にはどんな影響が出るのか。さっそく気になる数字が出始めた。

 米国側は6月16日、中国から輸入する自動車や情報技術製品、ロボットなどに対して、7月6日から段階的に追加関税措置を行うと発表した。実際、7月6日には818品目に対して340億ドル(3兆8300億円)の課税措置を発動した。さらに、第2弾として8月23日に160億ドル規模、9月24日には2000億ドル規模の課税措置を発動した。

 中国も課税された対抗措置として1100億ドル規模の追加関税措置を発表。一歩も引かない構えを見せている。

 トランプ大統領が強硬措置に打って出たのは、米中間の貿易不均衡が根底にあるが、中国が進出する外国企業に技術移転を強要することや、知的財産を侵害していることなどを理由として掲げている。こうした米国の強硬措置に、中国だけでなく、EU(欧州連合)や日本なども強く反発している。

 関税引き上げの焦点は自動車や鉄鋼といった米国製と競合する分野が中心だが、課税によって輸出入が減少することになれば、中国や米国の経済に悪影響を及ぼすのは必至。世界の消費を牽引してきた中国・米国の経済が減速すれば、世界の成長に黄色信号が灯ることになる。

 そんな中で、時計業界でも気になる数字が出てきた。スイス時計協会が発表しているスイス時計の地域別輸出動向によると、7月の中国(大陸)向け、米国向けの輸出額がそれぞれ、対前年同月比で0.7%減、0.4%減とマイナスになった。1月から6月までの半年間の累計では前年同期比で米国向けが9.1%増、中国向けが13.4%増と大きく増えていただけに、7月は一気にブレーキがかかった格好だ。

 米中貿易戦争との因果関係は現段階ではまだ分からないが、景気の先行きが不透明になったため、ディーラーなどがスイス時計の輸入を抑えた可能性もある。

 スイス時計の輸出先としては、1~7月累計で米国は2位、中国は3位。輸出全体では前年の同じ期間に比べて10.0%も増加している。その牽引役ともいえる米国と中国の「失速」はスイス時計の輸出に今後深刻な影響を与える可能性もある。

 米国と中国の消費減退は、世界の国々にも影響を与える。日本の時計売り上げに大きな影響を与えると見られるのが中国の景気の行方だ。時計など宝飾品の売り上げを支えているのが中国からの訪日観光客であることは周知の事実。中国経済が鈍化して海外旅行が下火になれば、一気に日本の消費に影響が出る。

 スイス時計の日本への輸出は1~7月の累計で14.4%増(対前年同期比)と大幅に増えている。7月単月で見ると16.6%増と、まだ影響は見られない。むしろ6月の販売が好調で消費の底入れ期待が高まったことから輸入を増やす向きが多かったと見られる。

 一方で、7月は豪雨災害や台風の被害が相次いで消費が急減。8月以降も台風や地震などが続いたため、中国などからの観光客への影響が懸念されている。中国からの観光客の受け入れ拠点だった関西国際空港が高潮による被害で機能不全に陥ったことや、人気の観光地である北海道を地震が襲ったことなど、今後の影響は計り知れない。

 日本政府観光局(JNTO)の推計によると8月の中国からの訪日客は86万人と前年同月比4.9%の増加だった。7月までは2桁の伸びが続いていただけに、その「変調」の兆しも見える。これまで訪日外国人によるインバウンド消費が低迷する国内消費を下支えしてきただけに、それが落ち込むようなことになれば、日本の消費が失速する可能性がある。

 トランプ大統領による米中戦争の余波と相次ぐ災害という「ふたつの問題」がインバウンド消費に影を落とせば、日本国内の時計の売り上げにも影響は避けられない。

磯山友幸
経済ジャーナリスト。1962年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞社で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、『日経ビジネス』副編集長・編集委員などを務め、2011年3月末に独立。著書に『「理」と「情」の狭間 大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』『ブランド王国スイスの秘密』(いずれも日経BP社)など。現在、経済政策を中心に政・財・官界を幅広く取材中。
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