アジア4カ国・地域の時計状況
ただこのイベントで一層見るべきは、関係者向けのカンファレンスだろう。期間中はほぼ終日、何らかの会合が持たれていた。筆者は行けるイベントには一通り顔を出したが、これほど充実したものはない。世界で最も優れたものといえるだろう。参加したふたつのカンファレンスの概要を以下お伝えしたい。
まずは、各国時計協会の代表が揃ったインターナショナルウォッチフォーラム。香港・日本・韓国・中国の4国が、時刻の時計市場について説明を行った。口火を切ったのは、香港時計協会会長のハロルド・サン氏である。「トゥーリズムの復活が香港の時計市場を回復させた」とのコメント通り、2017年度、香港の時計市場は若干復活した。続いては日本時計協会の岸氏。日本メーカーの出荷本数は3%ダウン、金額も3%ダウン、しかし、機械式時計の製造はプラスに転じたとのこと。続いては韓国時計産業協同組合のキム氏。韓国=時計のイメージはないが、年に980万個のケースを製造しており、時計メーカーおよび関連メーカーの規模は2.3億ドルとのこと。彼はプレゼンテーションの中で「サムスンとメカニカルハイブリッドの開発を進めている」述べたが、これはやや疑わしく思った。続いては中国。現在284の時計関連の会社と、9つのムーブメント会社があり、2017年の出荷額は69億ドル。ただし2018年は7%のダウンを想定しているとのこと。現在、中国の時計メーカーはプレミアムからラグジュアリーの価格帯に注力しており、事実、香港ウォッチ&クロック・フェアでも、高価格帯の機械式時計を多く見かけた。
時計関係者の見るスマートウォッチの現状
他の見本市と異なり、香港ウォッチ&クロック・フェアは、早くからスマートウォッチに目を向けてきた。そのため、スマートウォッチのOEMを行う会社や、それらに対するサプライヤーがブースを構えていた。当然、このフェアでも、スマートウォッチと時計市場のかかわりについてのカンファレンスが開催された。演者はユーロモニターのジョージ・マーティン氏。正直、この講演を聞くだけでも、香港ウォッチ&クロック・フェアに来る価値はある。
2018年、普通の時計の売上高は、前年比約4%増の約680億ドル。対してスマートウォッチの売上高は18%増の200億ドルに達するとのこと。出荷本数は急増しており、2016年は約2000万本、17年は3270万本、22年は8416万本に達する。そのため、いくつかの市場では影響は出ている。2014年から18年にかけて、アメリカでの時計の売上は約1400万本減少した。続いてトルコが約550万本、ブラジルと日本が約300万本の減だった。対してスマートウォッチの売上は、2014年から18年にかけて、中国で約4500万本、アメリカが約2700万本、ドイツ、イギリス、韓国が約300万から250万本増加した。しかし、アップルウォッチを中心としたハイエンドなスマートウォッチの平均価格(150米ドル以上、400ドル米ドル以下)は、2016年の約350ドルから約1割下落した。150ドル以下のリーズナブルなスマートウォッチに関しても、約1割程度の減少が見られた。需要の増加、あるいはコモディティー化に伴い、価格の下落が見られるのは、かつてのクォーツウォッチに同じである。ただ2023年の時点でさえ、出荷ベースで言うと、スマートウォッチの割合は全体の4分の1を占めないという。結論は「スマートウォッチは既存の時計をリプレイスしない」だったが、いささか楽観的ではないかと思う。もっとも、シニアヘルスの分野でスマートウォッチのプレゼンスは一層高まるという分析は間違いなさそうだ。
メモリジンCEOの語る、香港ウォッチ&クロック・フェアの未来
期間中、いくつかのVIPに会った。まずはムーブメントメーカーのピーコックを含む、ミーガルグループを牽引するヤン・ウェイ氏。同社は現在、65万本の機械式エボーシュを製造する、中国きっての高級エボーシュメーカーだ。ウェイ氏曰く、ピーコックの代名詞であるトゥールビヨンの開発は2011年にスタートし、現在1万本を製造しているとのこと。それ以前、同社の良品率は約50%だったが、11年以降は92~95%以上で推移しているという。品質と価格が特徴、とウェイ氏が強調した通り、同社の製造するダブルトゥールビヨンの販売価格は4250米ドルに過ぎない。ユニークさとその価格、加えて故障率の低さを考えれば、採用するメーカーは今後さらに増えるだろう。なお彼は日本時計産業の特徴として「プロダクトのバリエーションが少なく、単価が安い」と述べていた。全く同感である。
次に会ったのは、香港時計業界の雄、メモリジンCEOのウィリアム・サム氏だ。このイベントの副会長も務めるため彼は多忙だが、少し時間を取ってくれた。サム氏曰く「香港の時計産業は、カスタマイズとユニークさにフォーカスしつつある。そのため、香港のメーカーはカスタムメイドに取り組もうとしている」という。それを牽引するのは、言うまでもなくメモリジンだ。
では、このイベントについてはどうなのか。彼の見解は明快だった。「もともと、香港の時計見本市は、OEMやパーツを販売するためのイベントでした。今は過渡期にありますが、包括的なイベントという個性は守りたいですね。それが香港のカルチャーですから。ブランディングを行いつつも、コンポーネンツの見本市というあり方は変えたくない。また、アジア全体の時計産業は協力すべきでしょう」。彼が言わんとするのは、そのコアに、香港の見本市を据えたい、ということだろう。
アジアへのゲートウェイ、香港
正直、日本の時計産業を見ていると、香港の時計産業及び、香港ウォッチ&クロック・フェアを羨ましく思う。世界最大の見本市にもかかわらず、日本のプレゼンスはほぼ皆無だったし、事実、日本のメーカーは、現地法人には出展させたものの、日本法人は1社も参加していなかった。アジア全般への拡販、あるいはプレゼンスを高めるチャンスなのにいささか残念だ。ちなみに、香港のライバルにあたる深圳の「中国ウォッチ&クロック・フェア」は急速に規模を拡大しつつあるし、そちらに注力するセイコーのようなメーカーもある。しかし、会場の立地やメディアの評価、運営者側の姿勢など、トータルで考えると香港ウォッチ&クロック・フェアにまだまだ分があると感じた。ブースの出展料もかなり安いため、海外進出を図りたい中小メーカーにも、ぜひ出展をお勧めしたい。