時計経済観測所 / 中国28年ぶりの低成長でも高級時計需要は底堅い

2019.03.16

中国28年ぶりの低成長でも高級時計需要は底堅い

2018年を振り返ると、スイス高級時計の需要は順調な伸びを示したと言える。翻って2018年の世界経済は、米中貿易戦争による中国経済の不調や、EU離脱問題に揺れる英国経済の退潮など、決して芳しい状況ではなかった。これらの情勢を踏まえ、気鋭の経済ジャーナリスト、磯山友幸氏が、2019年の経済動向を分析・考察する。

磯山友幸:取材・文 Text by Tomoyuki Isoyama
ユーピーアイ/アマナイメージズ:写真 Photograph by UPI/ amanaimages


2018年の中国のGDP伸び率は6.6%。これは天安門事件の翌年、1990年以来の低い伸びだという。天安門事件とは、1989年4月15日の胡耀邦元党総書記の死去に伴う学生たちによる追悼集会が、やがて民主化運動に発展。同年6月4日、学生を中心とした一般市民のデモ隊を中国人民解放軍が武力で鎮圧し、多数の死傷者を出した事件である。写真は、事件に先立つ5月15日、天安門広場で抗議する労働活動家、学生、知識人に率いられた一般市民たち。

 2018年も世界の高級時計需要は比較的好調に推移した。スイスの全世界向け時計輸出額は、2017年に続いて2年連続で増加した模様だ。スイス時計協会の統計によると、2018年1月から11月までの累計輸出額は195億3940万スイスフラン(約2兆1460億円)で、前年の同期間を7.1%上回っており、年間では200億スイスフランの大台に3年ぶりに乗せる見通しだ。本誌が読者のお手元に届くころには同協会が昨年の統計結果を発表しているはずである。

 2017年の年間輸出額は199億2380万スイスフランで、2016年比2.7%の増加だったから、2018年はこの伸び率を上回ったと見られる。13.1%増という高い伸びを示した2012年以来の「上出来」の年だったということになるだろう。

 スイスの時計輸出は2014年の222億スイスフランがピークで、その後、2年続けて大きく減少、2016年には194億スイスフランにまで落ち込んだ。それを底に2017年は上昇に転じたのである。

 2018年が好調だったのは、スイス時計の最大の輸出先である「香港」が大きく伸びたこと。1月から11月までの累計で21.0%増となっている。2017年の年間の伸び率は6.0%だったので、それを大きく上回るのは確実だ。

 また、輸出先3位の「中国(本土)」向けも2018年11月までで14.2%の伸びになっている。2017年の年間伸び率は18.8%だったので、それに比べれば鈍化は避けられないが、依然として2桁の伸びである。「中国GDP、28年ぶり低い伸び」──。2019年1月21日、中国当局の発表を受けて、メディアは一斉にこう伝えた。2018年1年間の中国のGDP伸び率は6.6%で、天安門事件の翌年、1990年以来の低い伸びだとしている。

 確かに「鈍化」には違いないが、今や中国は米国に次ぐ世界2位の経済大国。日本を追い抜いて久しい。その大経済が6.6%も成長するのだから凄まじい。しかも、生産拠点としての「輸出立国」から、国内消費による成長を目指す「消費大国」へとシフトしている。そんな消費力が、スイス時計の輸出増に結びついていると見るべきだろう。

 生産から消費へという経済構造の中で、中国での高級時計の潜在需要はまだまだ大きいと考えるべきだろう。もちろん、中国経済の影響を大きく受ける香港での時計需要もそう簡単には落ちないと見ていいのではないか。

 もうひとつの消費大国である米国向けはスイスの時計輸出先としては世界2位の市場だが、こちらも好調だ。米国向け輸出は2015年をピークに2年連続で減少していたが、2018年はプラスになることが確実になった。11月までの累計では伸び率は8.1%に達する。完全に米国消費も底入れしている、と見ていい。

 また、日本も消費低迷が言われながらも、11月までは10.1%増と好調を維持している。スイス時計の輸出先としては、2017年は5位だったが、2018年は英国向けの失速によって4位に浮上することがほぼ確定的だ。

 では、2019年の高級時計市場はどうなるのだろうか。米中貿易戦争や英国の欧州連合(EU)からの離脱問題など、不透明要素が多い。それでも、香港向けや中国大陸向け、米国向けなどは引き続き底堅いのではないか。伸び率が鈍化したとしても、世界の高級品消費では中国の存在感が引き続き大きいと思われる。年間を通して見れば、やはり中国の成長に依存する格好になるに違いない。

 日本は10月に消費税の増税が予定されている。増税を見越して百貨店などでは前倒しでセールを行うなど、駆け込み需要に拍車がかかると見られている。年間の統計を考慮した場合、増税の影響を受けるのは約3カ月分だけなので、むしろ駆け込み需要分は上乗せされる可能性がある。

 一方、失速が明らかに懸念されるのは英国だ。EU離脱の条件交渉がまとまらず、合意がないままに離脱する「ハード・ブレグジット」になれば、物流などに大きな支障が出て、英国経済は大打撃を受けると思われる。金融を中心に企業の欧州大陸への人員シフトなども起きており、そのマイナスも大きい。イタリアやスペインなど南欧州の経済不安も引き続き懸念される。

 先行きの不透明感は強まるものの、消費は割と底堅い年になるのではないか。

磯山友幸
経済ジャーナリスト。1962年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞社で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、『日経ビジネス』副編集長・編集委員などを務め、2011年3月末に独立。著書に『「理」と「情」の狭間 大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』『ブランド王国スイスの秘密』(いずれも日経BP社)など。現在、経済政策を中心に政・財・官界を幅広く取材中。
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