の弥七 (四ッ谷三丁目) / 和の趣を忍ばせ食べ手を惟みる

2019.03.30

和の趣を忍ばせ食べ手をおもんみる

開業から5年、花街の面影を残す東京都新宿区荒木町に馴染む中国料理店「の弥七」。美食を熟知した大人たちが足繁く通う、その所以を、店主・山本眞也氏の思いから探る。

外川ゆい:取材・文 Text by Yui Togawa
三田村優:写真 Photographs by Yu Mitamura
白子の麻婆豆腐
麻婆は、年に一度訪れる中国・湖南省で仕入れてきた甘辛い唐辛子がベース。丸揚げした後、丁寧に拭き、砕いて粉末状にしたものを豆板醤の代わりに使用している。赤蒟蒻が入り「もつ煮のイメージ」と山本氏。豆腐代わりの白子を崩せば、スパイシーさとまろやかさが調和する。定番メニューである麻婆豆腐の冬季限定版。2万3000円のディナーコースからの一例。

 翡翠色の堂々たる文字が彫られた看板を目印に扉を開け、店内へ進むと贅沢な間隔で配されたカウンターが連なる。席には、折敷が行儀よく並び、ここにもまた翡翠色のナプキンと箸置き、そして目に入る壁もこの色に統一されている。もし何も知らされずに連れてこられたなら、日本料理屋だと疑わないかもしれない。しかも数皿食べ進めるころまで……。

 店主の山本眞也氏は、中国料理の名店「桃の木」で6年間じっくりと研鑽を積んだ経歴を持つ。中国料理への興味は、高知で中国料理店を営む父親の背中を見て育ったことに遡り、少々不思議な店名の由来を尋ねると、必ず父の話になる。父親の店「風車」への思いを馳せ、そこに続く「の弥七」と命名したのだ。「風車の弥七」、一度聞けば、なるほど忘れられない。

「日本人なのだから、日本の良さを表現したい」という信条と同時に、食べ手の感じ方を最優先に考えて料理を作り上げる。食後感を思い、軽やかに仕立てるのも、すべてゲストへの思慮があってこそ。聞けば、当日ふと「の弥七」の料理を食べたいと思ってくれた人のことを考え、満席にはせず余裕を残しておくという。手を掛けた料理を用意するなかで、なかなかできることではない。料理における技術や感性もさることながら、山本氏のそういった思いが店を作り上げている。

 よく、バーはバーテンダーに会いに行くものと言われるが、山本氏の笑顔を目的に訪れるゲストも多いだろうと容易に想像がつく。荒木町には粋な大人が集う。そんな街に「の弥七」は、しっとりと溶け込んでいる。

山本眞也 Shinya Yamamoto
1975年、埼玉県生まれ。辻調理師専門学校フランス校卒業後、1995年に「エノテカ・ピンキオーリ」東京店入社。2000年にはフィレンツェ本店に7カ月間パティシエとして派遣され、2005年からは東京店のスーシェフとして腕を振るう。2011年、「リストランテ クロディーノ」銀座店のシェフに就任。

カウンターの幅約80cm、内側の床を下げることで、ゲストとの目線の高さを合わせ、会話をする際も心地よい距離感に。カウンター8席のほかに個室があり、接待などにも重宝する。


の弥七
東京都新宿区荒木町2-9 MIT四ッ谷三丁目ビル 1F
☎ 03-3226-7055 日曜定休
11:30~14:30(予約のみ)、17:30~21:00(最終入店)
昼9000円~、夜1万2000円~
(消費税、サービス料10%別)