サイズと意匠の共進化論
腕時計のサイズが大きくなると、装着感だけでなく、意匠にも難が生じる。しかし、大きく、厚い時計であっても、装着感が改善されることはすでに検証した。同時に、大型化によって間延びした印象を与えないための方法論も同時に進化してきた。その極意はいかに意匠に空白を設けないか、である。実例を取り上げ、ポイントを解説する。
腕時計デザインの祖となったパテック フィリップ「カラトラバ」とロレックス「バブルバック」。直径30㎜という小さなサイズを補うため、両者はインデックスや針を立体的に成形し、視認性を確保していた。翻って、直径40㎜以上が当たり前となった現在、視認性は改善されたが、その半面、新たな問題が生じた。それが装着感と空間処理である。
装着感については、前ページで述べた通りである。大きく分厚い時計でも、重心を落とし、腕との接触面積を広げれば、フィット感は改善されよう。そういった腕時計のひとつに、ウブロ「キング・パワー フドロワイアント オールブラック」がある。「大きいサイズの時計も、小さい時計同様の快適さを持つべき」であり、「もし快適でなければ、その大きいサイズの時計を購入すべきではない」と同社CEOのジャン・クロード・ビバー氏が強調するように、「ビッグ・バン」をはじめ、ウブロの腕時計はそのサイズに比して、極めて良好なフィット感を持つ。このように、装着感に関してはカルティエやウブロのような成功例がある。では、もうひとつの問題である空間処理はどうだろうか。
一般論を言うと、サイズを拡大するほど、時計は間延びした印象を与えるようになる。フラットなサファイア風防であれば、なおさらだ。各メーカーは「立体化」というアプローチで間延び感を改善しようとした。その成功例としては、やはりウブロが挙げられよう。ビバー氏が言う「快適で調和の取れた立体感」。具体的には、腕時計にできるだけ空白を設けない、という手法である。部品点数は多くなるが、確かに時計全体の立体感は強調できるだろう。
これほど凝っていなくても、優れた空間処理を持つ時計はある。好例がジャガー・ルクルトの「マスター・メモボックス・インターナショナル」だ。直径は40㎜と標準的だが、この時計は、ケースの開口部を広げたために、サイズに比して文字盤が大きい。普通にデザインするなら、時計の間延び感は強調されてしまう。それに対して、ジャガー・ルクルトのデザインチームは文字盤をボンベ状に成形した。斜めから見ると、文字盤が外周に向かって落ち込んでいるのが分かる。加えて、分針と秒針の先端を曲げて、立体感を持たせた。ただし、この時計は、残念なことにケースサイドがやや平板である。また、サイドを薄く見せるためにケースバックを底上げしており、重心もやや高い。
空間処理に関して、いっそう優れた手法を見せるのが、ラルフ ローレン「スリム クラシック」である。これは薄型時計の定石を踏まえつつも、巧みに立体感を盛り込んでいる。したがって、1970年代の極薄時計がそうであったような平板さは感じられない。大きなポイントは、ベゼル幅を拡大して文字盤のサイズを小さくした点にある。ベゼルが太くなると、全体の印象として間延び感が出てしまう。ラルフ ローレンは、ベゼルと文字盤に立体的なギョーシェ加工を与えて、平板さを解消している。また、子細に見ると、ベゼルは緩やかな角度をもって周囲に落ち込んでいるのが分かる。併せて、ベゼルの外周にポリッシュしたリブを設け、広いベゼルのアクセントとしている。こうした配慮を加えることで、直径38㎜の極薄時計にもかかわらず、スリム クラシックは決して間延びした印象を与えない。
もちろん、ここで挙げた時計はいずれも高価なものだ。したがって、ミドルレンジが採用できないような方法論がふんだんに盛り込まれていることは否定できない。しかし、サイズの拡大に伴う問題を、これらの時計が巧みに昇華してみせたことは、紛れもない事実である。