時計経済観測所 /「中国減速」でむしろ懸念される国内経済

2019.05.03

「中国減速」でむしろ懸念される国内経済

米中貿易戦争の余波が、とうとう日本国内の経済に具体的な数値となって表れ始めた。ここに来て弱含みの観測が次々と出され始めたが、果たして、日本の高級時計市場にはどんな影響が予測されるだろうか?気鋭の経済ジャーナリスト、磯山友幸氏が、さまざまな指標からその動向を分析・考察する。

磯山友幸:取材・文 Text by Tomoyuki Isoyama
シパユーエスエー/アマナイメージズ:写真 Photograph by Sipa USA/amanaimages


習近平国家主席

米中貿易戦争の当事者である中国の習近平国家主席。トランプ米大統領とともに、その一挙手一投足に世界の注目が集まる。特に、国内経済にその影響が直結する日本にとっては、その動向から目が離せない。世界経済と日本経済を展望するうえで、欠かすことができないキーパーソンだ。

 中国の経済成長の鈍化によって、日本経済に大きな影響が出始めている。最初にその「異変」が数字として大きく表れたのは、2018年12月の「貿易統計」だった。中国向けの輸出が11月の前年同月比0.3%増から一転して7.0%減へと急ブレーキがかかり、輸入も4.2%増から2.8%減へと方向が変わったのだ。

 日本から中国への輸出では、半導体製造装置が数量ベースで42.1%減、金額ベースで34.3%と大きく落ち込み、半導体などの電子部品が数量ベースで42.8%減、金額ベースでも10.7%落ち込んだ。自動車も台数ベースで17.6%減少、金額でも6.5%減っている。

 米中間の「貿易戦争」によって、中国国内の製造業が影響を受け始め、その余波が日本からの部品輸出などに及んでいるのではないか、という見方が広がったのである。

 その懸念がより鮮明になってきたのが、日本の「機械受注統計」である。受注のうち「外需」は10月9.5%増、11月17.6%増と好調に推移してきたものが、12月と1月はともに18.1%減と大きく失速した。国内製造業向けの受注も11月以降、マイナスに転落している。

 この傾向は直近も続いており、2月の統計が出ている「工作機械受注」は29.3%減となり、5カ月連続のマイナスになった。2018年秋を転換点として、景気のムードが一変しているのである。

 1月に発表された2018年年間の中国のGDP(国内総生産)伸び率は6.6%で、天安門事件の翌年1990年以来、28年ぶりの低水準になった。減速といっても世界第2位の巨大な経済が6.6%も増えているので、世界経済の牽引役であることには変わりはない。中国国内の消費は鈍化したとしても伸びが続く。

 このコラムでも取り上げているスイス時計協会の2018年の年間統計がまとまったが、中国はスイス時計の輸出先としては香港、米国に次いで世界第3位で、金額は17億1720万スイスフラン(約1900億円)と前の年に比べて11.7%も増えている。減速してもより豊かになって富裕層が増えたことで、時計消費には追い風が吹き続けているのである。

 中国の減速は、中国の国内消費よりも、日本のように製造業向け部品などを輸出している国に打撃が大きい。中国の人件費コストなどが上昇し、「加工貿易」の拠点としての位置づけが薄れていることもある。中国自体が、輸出で外貨を稼ぐ貿易型の経済から、国内消費産業による内需型の経済へと大きくシフトしているのだ。

 そうした経済構造の変化に日本企業がなかなか付いていけないことが、むしろ問題なのである。日本から中国への消費資材の輸出にシフトしていくべきなのだが、そうなっていない。

 もっとも、日本企業の輸出が大きく伸び悩むと国内景気は一気に減速する。2019年3月期の企業収益は、昨年秋口まで、かろうじて増益を維持するとの見方が強かったが、2月以降の報道では、3期ぶりに減益になるとの見方が広がっている。どうやら、昨年秋以降の中国向けの落ち込みが、国内景気を一気に冷やしているのだ。

 中国の減速と、それによる国内景気の悪化は、今後の日本での時計販売に大きな影を落としそうだ。ひとつは中国からの訪日観光客が人数も頭打ちとなり、財布の紐が固くなっていることだ。

 百貨店で免税手続きをした売上高、いわゆる外国人売上高は、2019年1月に2年2カ月ぶりにマイナスを記録した。ところが、外国人への依存度は上がっている。純粋な国内の売上高がさらに大きく減っているからだ。

 百貨店での「美術・宝飾・貴金属」の売上高は1月に2.2%の減少を記録した。マイナスになったのは台風などの被害が大きかった2018年7月の1.3%減を除くと、1年10カ月ぶりだ。明らかに高額品消費でも変調が見られるわけだ。ここまで消費が弱い中で、10月の消費税率引き上げを迎える。日本経済が大きな試練に直面することだけは間違いない。


磯山友幸
経済ジャーナリスト。1962年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞社で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、『日経ビジネス』副編集長・編集委員などを務め、2011年3月末に独立。著書に『「理」と「情」の狭間 大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』『ブランド王国スイスの秘密』(いずれも日経BP社)など。現在、経済政策を中心に政・財・官界を幅広く取材中。
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