腕時計のカレンダー表示の進化を代表的モデルと共に追う

2020.11.05

時計愛好家の中でも、機械式時計に美観を求めてやまない“審美主義者”ほど、こう言う。時計にカレンダー表示はいらない、と。文字盤から余計な要素は極力排したい、美しい“キャンバス”に無粋な表示窓など穿ちたくない。そんな思いが強くなるのだろうか?確かに、時刻表示以外の要素が増えるほど、時計は道具としての実用面がより強く打ち出されるだろう。だが、だからこそ、そんな実用的な機能であるカレンダー表示にこそ、もっと美観を求めてみたくはならないか?そう、実用的な機能こそ、美しくあってほしい。そんな熱望が形になったカレンダー表示を追い求めた。

吉江正倫:写真 Photographs by Masanori Yoshie
髙木教雄、広田雅将:取材・文 Text by Norio Takagi,
この記事は 2014年10月発売の11月号に掲載されたものです。

カレンダー表示進化論

時計において、すべての表示はムーブメントによって規制され、そのレイアウト位置も大きく制限を受けることになる。カレンダー機構において、その制約を軽減し、より見やすく、美しくするための工夫のひとつが、インダイアル+針より省スペース化が図れる窓表示式である。まずは日付表示で採用された窓表示は、やがて曜日や月表示にも用いられ、永久カレンダーや年次カレンダーといった複雑機構の外観をモダナイズしてきた。デザインを制約するそのメカニズム自体も、遊星歯車を用いた「連続型」の発明によって、より使いやすく、またレイアウトの自由度も高めていった。

見やすく、使いやすく、そして美しく

Ref.218206

ロレックス
オイスター パーペチュアル デイデイトⅡ Ref.218206
デイデイトは、ゴールドとプラチナのみの展開でプレステージ感が高い。円弧の小窓にフルスペルで示す曜日表示は見やすく、またダイアルの美観を損なわない。自動巻き(Cal.3156)。31 石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約48時間。Pt(直径41mm)。100m防水。

 古くからの時計ファンであれば、かつて1945年に誕生したロレックスの「デイトジャスト」が、「世界初の窓表示カレンダー」搭載機と言われていたことを覚えているかもしれない。しかし実際には、例えばドイツ・グラスヒュッテで1890年に製作された懐中時計が窓表示カレンダーを備えていたなど、比較的早い時代からカレンダーは、インダイアル+針に代わって、ディスクによる窓表示が試みられてきた。にもかかわらず、デイトジャストが〝元祖〞と呼ばれていたのは、日付表示搭載モデルのスタンダードを築いたからだ。

 その登場以前、腕時計においてカレンダー機構は、あまり関心が持たれていなかった。一部高級時計のみが備えるコレクターアイテムだったのだ。それをあえて実用機に搭載したデイトジャストは、大方の予想に反して空前の大ヒット。結果、デイトジャストが採用した3時位置の日付表示窓が、現代に至るスタンダードになったのである。

Cal.3155

旧作のデイデイトが積むCal.3155のダイアル側。曜日ディスクと日付ディスクとが上下に重ねられている。曜日ディスクには7つの窓が開けられ、切り替わった際、下の日付数字をのぞかせる仕組み。右が曜日車を外した状態で、中央にはふたつのディスクを瞬時かつ同時に切り替えるメカニズムを集約。右側の星型車は、日付表示の早送り用。

 窓表示の利点は、指針式と比べてダイアル上で省スペース化でき、レイアウトが整理しやすい点にある。そのメリットを生かしたのが、1956年に生まれたデイトジャストの発展型「デイデイト」だ。3時位置の日付表示窓に加え、12時位置に曜日表示窓を装備。しかも曜日は、フルスペルで表示される点において、デイデイトは異彩を放つ。その曜日表示窓は、インデックスの11時から1時の間に円弧上に開けられ、いかにもロレックスらしいダイアルのスタイルをいささかも破綻させてはいない。

 デイトジャストやデイデイトでスタンダードとなった窓表示カレンダーは、1990年代後半には、それまで指針式が主流であった永久カレンダーにも用いられるようになる。表示数が多い永久カレンダーにとって、省スペース化が可能な窓表示はより有利であり、また外観を一層モダンにする。加えて、機構的にも優れていたのが、ユリス・ナルダンが1996年に発表した「パーペチュアル ルドヴィコ」であろう。日付表示は2枚のディスクを用いて大型化し、月・曜日も窓表示とした各カレンダーは、早送りはもちろん、逆戻しも可能としているのだから。それまであった永久カレンダーは、メインレバーによって、各カレンダー表示を切り替える歯車を動かす仕組みだった。レバーは水平運動で歯車を〝押し回す〞ため、逆戻しができない。一方、ユリス・ナルダンの永久カレンダーは、レバーではなく遊星歯車の組み合わせによって大小の月や閏年をプログラミングした。結果、すべてが回転運動のみで制御・駆動されるようになり、逆戻しを可能としたのだ。

パーペチュアル・マニュファクチュール

ユリス・ナルダン パーペチュアル・マニュファクチュール
カレンダーの調整は、リュウズ操作だけで可能。左右のプッシュボタンで主時針を前後に動かせるデュアルタイムも搭載し、6時位置の数字でホームタイムを示す。自
動巻き(Cal.UN-32)。34 石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約48時間。P(t 直径43mm)。30m防水。
Cal.UN-32

Cal.UN-32
左側に位置する入れ子状の歯車ユニットが、プログラミングホイール。大枠の日車の内側には、遊星歯車が駆動する歯数が異なる2枚の歯車が重ねられている。大枠の日車と内側の2層の歯車とが、月の大小や閏年の2月末に合わせ、右側の24時間車にそれぞれ噛み合い、正しく日送りする。

 ユリス・ナルダンによる遊星歯車を用いた「連続型」永久カレンダーもまた、その後のカレンダー機構に多大な影響を与えた。逆戻しが可能なだけでなく、組み立て時に微調整が必要なレバー式と違い、歯車は調整不要で組み立ても容易にし、位置変更の自由度も高くするからだ。このメカニズムの設計者は、ルードヴィヒ・エスクリン博士。彼は同じ遊星歯車を用いた年次カレンダーも、MIH(ラ・ショー・ド・フォン国際時計博物館)のオリジナルウォッチのために設計している。2月末日以外の月の大小を自動判別する複雑機構。博士はこれを、わずか9つのパーツだけで実現したのだ。しかも昼夜表示も同時搭載してもいる。

 日・月・曜日の窓表示と、昼夜表示とを一直線に並べたデザインは、メカニズムと同様にシンプルを極める。カレンダー機構が、コンテンポラリーに表現された好例であり、傑作と言っていいだろう。

MIH 年次カレンダー

MIH 年次カレンダー
ETA7750に年次カレンダーモジュールを追加。クロノグラフ機構も2時位置のワンプッシュ式に改良されている。3つが並ぶカレンダー表示の左端の赤いドットが昼夜表示で、赤い表示が上にあれば昼、下側にあれば夜。自動巻き(ETA7750ベース)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。チタン(直径42mm)。100m防水。6000スイスフラン(税込み)。 問www.mih-watch.ch

ふたつの図版が、ダイアル側に追加された年次カレンダーモジュール。ふたつの遊星歯車を含む、わずか9個のパーツで日・月・曜日表示を持つ年次カレンダーと昼夜表示を実現した。各表示ディスク自体を歯車とするなど、パーツ数を減らす工夫が凝らされる。

ケースの裏蓋側の小窓には、ディスク式になったクロノグラフの30分積算計を搭載する。