愛好家はスマートフォン+マクロレンズで写真を撮れ
1億総メディア社会!?
SNSの発達により、誰でも気軽に情報を発信・共有できる社会が到来して久しい。特にスマートフォンが一般的になった2010年代は、写真もしくは動画のSNS投稿のハードルが一気に下がったように思える。現代は自分が見聞きしたものを間髪入れずにテキストと写真を用いて世界中へ知らせることが容易な、まさに1億総メディア社会なのだ。
そんな世の中を生きているのであれば、自身のコレクションをかっこよく写して世界中の時計好きにその素晴らしさを伝えたり、専門店やイベントで得られた新作時計の情報を写真と一緒に誰よりも早く広めたいと思ったりする時計愛好家も少なくないはずだ。しかしwebChronosの読者であればよくご存知であろう。腕時計の撮影は非常に難しい。
曲面が多いから難しい
腕時計撮影が高難易度となってしまう理由はいくつもある。その中でも単純ながら最大の理由として挙げられるのが、時計が曲面で構成されている点だ。
特に風防はタチが悪い。サファイアクリスタルやプラスティック、ミネラルガラスと素材に関係なく、正面からカメラを向ければ撮影者やレンズが写り、さらに屋内ならば蛍光灯の光が無数に入り込む。
これらの問題に対する最適解は写り込みを抑えるために、トレーシングペーパーや簡易スタジオを用いて時計を覆い、さらに蛍光灯を消して、時計用のライティングをセットすることだろう。
しかし、そんなことをできる人がどれだけいるのだろうか? 販売店やイベント開催地、愛好家同士が集うオフ会で簡易スタジオを広げ出すのは現実的ではない。
また、仮に簡易スタジオを広げるだけのスペースと度胸があったとしても、そもそもこのライティングというのが大変に難しい。ライトやストロボを奥へ手前へ、右へ左へ動かして微調整しながら、文字盤が光り過ぎてしまったり、ケースが真っ黒に潰れてしまったりすることを避けなければならないからだ。
ではスタジオを広げる場所も落ち着いてセッティングする時間も、そして正しいライティング知識もない、イベント会場における我々はどうすればいいのだろうか。この問題の解決を目指し今回試したのが、スマートフォンカメラ+マクロレンズによるディテール撮影である。
マクロ撮影におけるスマートフォンの優位性
つまり風防やケースに色々なものが写り込んでしまう状況下ならば、これらを格好良く撮るのは諦めてダイアルやムーブメントの一部分のみを切り取ってしまおうという訳である。実際に写す範囲が狭いため、ライティングにもそこまで苦労せずに“それっぽい”写真が撮れるのではないか、という考えだ。
そして気軽さを重視するならば、やはりカメラはスマートフォンのものを使用したい。もちろん、一眼レフやミラーレス一眼で高品質な写真を撮りたいという声もあるだろう。しかし、スマートフォンのカメラは下記の点からイベント時における腕時計のマクロ撮影に適した機材なのだ。
・持ち運びに便利なサイズ
まず、一眼レフやミラーレス一眼といったレンズ交換式カメラに対する圧倒的なアドバンテージとして挙げられるのが携帯性の高さである。現状、日本国内で携帯電話の最大シェアを誇っているiPhoneシリーズ(※)のサイズは、「iPhone 8」が高さ138.4×幅67.3mm、厚さ7.3mmで重量が148g。現行品で最大サイズの「iPhone XR」で高さ150.9×幅75.7mm、厚さ8.3mmで重量が194gである。対して(比べるまでもないが)、フルサイズミラーレス一眼の定番、ソニー「α7 Ⅲ」は縦95.6×幅126.9mm、厚さ73.7mm。さらに重量がおよそ565gと圧倒的に大きくなってしまう。
(※出典:ITmedia Mobile「2018年10~12月の国内携帯出荷数、iPhoneは18.8%減の504.7万台に」https://www.itmedia.co.jp/mobile/articles/1902/19/news125.html)
そもそもフルサイズ機は、幅36mmのイメージセンサーを載せている時点で、ポケットに入れることを念頭に開発される携帯電話に、コンパクトさで同じ土俵に立つことはできない。この手のレンズ交換式カメラとしては小型とされるマイクロフォーサーズ搭載機のオリンパス「OM-D E-M10 Mark Ⅲ」ですら、高さ83.6×幅121.5mmと寸法は善戦するが、厚みは49.5mmとiPhoneの約6倍ある。しかも、これらレンズ交換式カメラには、別途レンズのサイズが加算されるのだ。
・必要十分な画素数
スマートフォンのカメラは画素数も侮れない。筆者がメインで使う「iPhone 6S」は2015年9月発売。すなわち4年前の型落ちモデルである。しかし、有効画素数は3024×4032pixの約1200万画素だ。このサイズであればトリミングさえしなければ、A4サイズの紙いっぱいに写真を出力しても350dpiの解像度を得ることができる。つまり画像サイズだけに限って言えば、4世代前の型落ちiPhoneで撮った写真もクロノス本誌ならば1ページいっぱいに使用することが可能なのである。
・センサーサイズが小さい
一見、ウィークポイントと捉えられがちだが、センサーサイズが小さいというのはマクロ撮影において利点にもなる。ここではオーソドックスな3つのサイズのイメージセンサーでそれを見ていこう。
クローズアップ撮影に不可欠なマクロレンズとは、最大撮影倍率が等倍(=1倍)のレンズのことだ。最大撮影倍率とは、レンズの最短撮影距離まで寄った際に、どれくらいの倍率で被写体を写せるのかというもの。ここで要となるのが、イメージセンサーのサイズなのである。マクロレンズを装着して写真を等倍で撮った際に、当然ながらイメージセンサーのサイズまでしか写真として写せないのだ。つまり横20×縦10mmのものを中心に置いて等倍で撮影した際、
・フルサイズ(36×24mm)センサーで撮影
全体が写る(左右に0.8mmずつ、縦に0.7mmずつ余白ができる)
・マイクロフォーサーズ(17.3×13mm)センサーで撮影
縦部分は全て写る、横が切れる(左右に1.35mmずつ切れて、縦に0.15mmずつ余白ができる)
・1型(13.2×8.8mm)センサーで撮影
縦、横ともに切れる(左右に3.4mmずつ、縦に0.6mmずつ切れる)
上記のように写る。
これだけでは分かりづらいため、『クロノス日本版』83号の表紙を各センサーサイズで撮影した際の画角を見ていこう。
・フルサイズセンサー
・マイクロフォーサーズセンサー
・1型センサー
このような写真が出来あがる。
つまり、センサーサイズの小さいカメラほど、等倍で撮影をした際、被写体が大きく写しだされる。そして今回取り上げた3つの中で最も小さい1型センサーですらも、高級コンパクトデジカメに用いられる比較的大型のイメージセンサーなのだ。スマートフォンに使用される大半のイメージセンサーはこれらよりもさらに小さくなる。実を言うとスマートフォン用クリップオンタイプのマクロレンズは等倍レンズではないため、これらセンサーと比べて極端に大きく写るわけではないが、いかに小型センサーのカメラがマクロ撮影に向いているかのが分かるだろう。
・安価なマクロ撮影用クリップオンレンズが豊富
そしてなによりもこの点を忘れてはいけない。レンズ交換式カメラのマクロレンズはどれも高価なものばかり。等倍マクロレンズでは安価とされる筆者所有のニコン「AF-S Micro NIKKOR 60mm f/2.8G ED」はメーカー希望小売価格で8万7500円(税別)、実売価格で7〜8万円。コストパフォーマンスに優れる“タムキュー”ことタムロンの銘玉「SP AF90mm F/2.8 Di MACRO1:1」でもメーカー希望小売価格が6万8000円、実売価格は4万円前後である。もともと写真撮影が趣味な人ならばいざ知らず、SNS投稿のためだけにこれだけの機材をそろえるのはかなりハードルが高いのではないだろうか。しかし、スマートフォン用のクリップオンレンズならばマクロ撮影用でも安いものならば100円ショップで購入可能である。それもそのはず。クリップオンレンズとは要は虫眼鏡をカメラの前にくっつけているようなもので、収差や解像力などを考慮して設計されるカメラレンズとは全くの別物なのだ。さらに前述のようにスマートフォンはイメージセンサーが小さいため、使用するレンズもコンパクトで構わない。破格のプライスでマクロ撮影を楽しみたい人にはうってつけだ。
では、そんな条件の中で果たして本当にそれっぽい写真が撮れるのか。次回はいくつかのスマートフォン用マクロレンズを用いて実際に試写していきたい。