時計のデザインにおいては、それは個性的な文字盤、しっかりとしたインデックス、はかなげな色合いというかたちで表れている。正しく用いられれば、アーティスティックな側面を強く打ち出し、外観的なメリットをもたらすものとなるが、使用法を誤るとデザインを台無しにしてしまうものでもある。アールデコのスタイルを真摯に受け止め、魅力的なタイムピースとして作り出した成果を特集する。
Text by Logan R. Baker
2020年7月掲載記事
アールデコと時計デザイン
アールデコという表現が昨今の腕時計業界で少々乱用されているような印象を受ける。幾何学的な形状とヴィンテージ調の雰囲気が醸し出すテイストがあれば、万人に訴求するものとして漠然と取り入れられているのではなかろうか。アールデコについて饒舌に語ると瞬間的な訴求力は高まるかもしれないが、アールデコとはアート、デザイン、建築など、幅広い分野で今なお愛され、研究されている深淵な存在としてそこにあるのである。実際、ニューヨークの摩天楼に囲まれた街中を歩くとき、アールデコの影響を見ずに済ますことはできないほどだ。
パネライ
「ラジオミール スリーデイズ アッチャイオ」
パネライの愛好家はご存じだろうが、パネライの時計販売の歴史は、パネライ一族が1860年にイタリア・フィレンツェで時計店と時計工房を開いたことから始まっている。20世紀初頭にはサン・ジョヴァンニ広場の大司教宮殿内に移転し、店名を「Orologeria Svizzera(スイス時計店)」と変更した。店では腕時計や懐中時計だけでなく、置き時計や柱時計も扱っていた。パネライが2018年に発表した「ラジオミール スリーデイズ アッチャイオ」は、ブランドの歴史の黎明期にインスピレーションの源を求めたものである。パネライは店の1階に設置されていた振り子式柱時計に注目し、その意匠を腕時計として生まれ変わらせることとした。
そして完成した「ラジオミール スリーデイズ アッチャイオ」は、直径47mmのサテン仕上げのステンレススティール製ケースに、文字盤がアイボリーとブラックという2色の展開で発表された。いずれもレトロ調の文字盤に描かれたアールデコ調のアラビア数字インデックスが特徴的で、文字盤外周のレイルウェイトラックのチャプターリングと、内側にはもうひとつのリングが描かれている。ろうそく状の分針と、槍状の時針の採用は、パネライでは初めてである。価格は両モデルともに税別100万円だ(なおアイボリーモデルはすでに完売している)。
ジャガー・ルクルト
「レベルソ・トリビュート・スモールセコンド」
アールデコ調の腕時計と聞けば、ジャガー・ルクルトのレベルソを思い出す人は少なくないだろう。レベルソのケースは、アールデコ時代の建築物の頂点とも言えるウィリアム・ヴァン・アレンがデザインしたニューヨークのクライスラー・ビルディングと同じ要素を含んでいるのが見て取れる。幾何学的形状と、アールデコが広がるきっかけとなったモダニストの理想を共有している点だ。具体的な例として、レベルソのケースに突き出る平行線と、クライスラー・ビルディングの華やかに連なるドームや尖塔とを見比べてみてほしい。2018年に発表された「レベルソ・トリビュート・スモールセコンド」は、ワインレッドが目を引く文字盤を備えている。反転すると、1931年にポロ競技選手のために製作された歴史を物語るケースバックが現れる。ステンレススティール製ケースには、文字盤と同じ色のカーサ・ファリアーノ社デザインのレザーストラップが合わせられている。価格は税別87万円だ。
ティソ
「ティソ ヘリテージ 2018」
2018年のバーゼルワールドで発表されたティソの「ティソ ヘリテージ 2018」は、コストパフォーマンスに優れた時計としてその年のヒットウォッチとなった。ヘアライン仕上げの文字盤にプリントされた、大きめのアラビア数字とティソのロゴ、そして手首になじむ形状のシャープでファセットの効いたラグなどすべてが、時計好きの心を直撃したのである。価格は税別11万円で非常に適正であり、購入しやすい価格帯だ。時計のデザインは、ティソが1930年代から40年代にかけて製造していた耐磁性を持ったモデルに由来する。ティソは耐磁性を前面に打ち出した腕時計を市場投入した先駆けとなったブランドだ。当時を思わせる、すっきりとした文字盤のデザイン、ステンレススティール製ケース、細い針、良質なムーブメント、入手しやすい価格帯といった特徴を「ティソ ヘリテージ 2018」で再現した。なお搭載されるムーブメントは、手巻きのETA6498-1である。