時計の賢人たちの原点となった最初の時計、そして彼らが最後に手に入れたいと願う時計、いわゆる「上がり時計」とは一体何だろうか? 本連載では、時計業界におけるキーパーソンに取材を行い、その答えから彼らの時計人生や哲学を垣間見ていこうというものである。
今回話をうかがったのは、1930年代から60年代までを中心とした幅広いブランドを取り揃えるアンティークウォッチ専門店「ケアーズ」の会長、川瀬友和氏だ。川瀬氏が原点として挙げた時計は「セイコー 5スポーツ スピードタイマー」、「上がり」時計として挙げたのは「オイスター パーペチュアル バブルバック」である。ケアーズをアンティークウォッチの名店と呼ばれるまでに育てた、時計愛に満ちた川瀬氏の言葉を聞いてみよう。
川瀬友和氏 株式会社ケアーズ/会長
東京都生まれ。クォーツ時計全盛期の時代から機械式時計に注目し、フリーマーケットで国産の古い機械式時計を取り扱うことから腕時計販売事業をスタートした。他店への卸や百貨店催事での販売を通して着実に会社規模を拡大し、1993年に「ケアーズ」第1号店を東京都江東区常盤に開店する。2002年には現在地の江東区森下に移転させて修理工房を統合。2006年に表参道ヒルズ店(レディスアンティークウォッチ専門)、2013年に東京ミッドタウン店を相次いでオープンさせる。著書に2003年の『オンリー・アンティークス』、2015年の同著改訂版がある。
原点時計はセイコー「セイコー 5スポーツ スピードタイマー」
Q. 最初に手にした腕時計について教えてください。
A. 腕時計に関心を持つこととなる最初の1本として記憶に残っているのは、セイコー「スポーツ マチック」です。父親が勤続祝いとして会社から贈られたものを小学生の頃に譲り受けました。しかし、私はそれをすぐに壊してしまいます。カチカチと動き出す仕組みや、自動巻き独特のローター音が気になって、裏蓋を無理やりこじ開けて中身を取り出した結果、修理不能にしてしまったのです。
中学に上がるときには、入学祝いとして江東区亀戸のディスカウントストアでセイコー「セイコー 5スポーツ スピードタイマー」を買ってもらいました。しかしながらこれも、間もなく動かなくなってしまいます。「また壊してしまったのか」と父親を悲しませたくなくて、引き出しの奥にしまい込んだままにしてきました。時計を再び手にしたのは、ここ10年ほど前に昔の荷物を整理していた時のことです。ケアーズの修理部のスタッフにオーバーホールをしてもらったら、再び動き始めました。今も時々使っています。
「上がり」時計はロレックス「オイスター パーペチュアル バブルバック」
Q. いつしか手にしたいと願う憧れの時計、いわゆる「上がり時計」について教えてください。
A. 1930年代後半から40年代にかけて作られた、直径28mmのボーイズサイズの自動巻き腕時計、通称ライフセーバーと呼ばれるロレックス「オイスター パーペチュアル バブルバック」です。
ロレックスは1926年に完全防水の「オイスターケース」を、1931年には360°回転するローターを持つ自動巻きメカニズムの「パーぺチュアルローター」を開発しています。これらの発明は、ロレックスの創業者ハンス・ウイルスドルフが、時計師としてではなく、セールスマンとしての目線で時計作りを行ったことにちなむでしょう。彼はマーケットの声を真摯に聞いて、ニーズに応えようと新しいものを作りました。今日では実用性の高い時計に定着している機能の多くが、当時のロレックスによって開発されています。
「オイスター パーペチュアル バブルバック」が作られた当時は、まだ自動巻きローターは半回転が主流の時代でした。その時から全回転を作り出し、それをこんな小さな防水ケースに搭載して、クロノメーター規格にも通した。この時計から当時のロレックスが大切にした時計作りの哲学を感じることができます。
実は、「上がり時計」の定義からは外れてしまいますが、私はこの時計を数年前に手に入れることができました。今回「上がり時計」に挙げたのは、この「オイスター パーペチュアル バブルバック」に再会したことで、「本当に良い時計」とは何か、それらはどんなエピソードを秘めているのかを、きちんと伝えていかねばという自負を改めて感じたからです。ひとりの時計ファンとしての、これからの私の課題にしていきます。「ケアーズ」のスタッフたちにも、流行に流されず、自分が本当に良いと思う時計を仕入れてほしいと伝えています。
【アンティークウォッチ専門店・修理工房「ケアーズ」】公式ウェブサイト:http://www.antiquewatch-carese.com/index.html
あとがき
現在では3店舗を展開するケアーズ。その歴史は、サラリーマン時代の川瀬友和氏が休日を使って参加していたフリーマーケットの小さな規模から、手探りで販売経路を築き、資金を徐々に膨らませていったたことに始まる。川瀬氏はその後、弟や妹、友人らを巻き込みながら、今日までに30名近くの社員を抱えるケアーズを作り上げた。川瀬氏は「私が考える良い時計とは、高い時計ではなく、長く使える時計のこと。昔の時計は、壊れても修理ができる構造のものが多いから、これからも長く使い続けることができるのです」とアンティークウォッチの魅力を語る。ショップ名の“ケア”はアフターケアから取られているように、ケアーズはオープンした当初から修理に重きを置いてきた。その修理工房には、ベテランから若い世代まで席を並べる多くの職人たちの活気が溢れる。経営者としてのこれまでを尋ねたところ、川瀬氏は「たまたまアンティーク時計ブームが訪れる時代の波に乗れたに過ぎない」と答えたが、川瀬氏の一貫した時計愛とまっすぐで温かな人柄が人を呼び、「良いものを未来に残す」という想いがつながれていったのだろうと感じた。
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