是枝 裕和 氏
以前に本連載において、フランス映画界きっての名女優、カトリーヌ・ドヌーヴの若かりし頃の愛用時計を紹介した。彼女が主役を務める日仏合作映画『真実』は、2019年10月11日より上映開始予定である。その作品を作り上げた映画監督が、是枝裕和氏だ。
(●「大女優カトリーヌ・ドヌーヴ、若き日の愛用時計とは?」を見る)
是枝氏は、東京都生まれ(1962年)の映画監督である。早稲田大学を卒業後、テレビ制作会社でキャリアをスタートさせ、ドキュメンタリー番組の演出などを多く手掛けた。当時の代表作には、水俣病担当者だった環境庁の高級官僚の自殺を追ったものや、新しい記憶を積み重ねることが出来ない前向性健忘症の男性とその家族の日々を記録したものなどがある。今日の是枝氏の映画において、現代社会に静かにひそむ問題を浮き彫りにする作品が多く見られるのは、おそらく当時の経験によるところが大きいのだろう。
受賞作品
1995年の映画監督デビュー作『幻の光』(江角マキコ氏主演)では、ヴェネチア映画祭で金のオゼッラ賞を受賞している。それ以降、『誰も知らない』(2004年/柳楽優弥氏主演)でのカンヌ国際映画祭 最優秀主演男優賞 受賞『そして父になる』(13年/福山雅治氏主演)でのカンヌ国際映画祭 審査員賞 受賞、『万引き家族』(18年/リリー・フランキー、安藤サクラ主演)でのカンヌ国際映画祭 最高賞「パルム・ドール」受賞などの輝かしい受賞歴が示すように、国際的な評価を確実に築き上げてきた。
第68回カンヌ映画祭に『海街diary』がコンペティション部門に出品された時の是枝裕和監督
今回ピックアップのは、映画『海街diary』においてカンヌ映画祭でのフォトコールに応じた2015年の是枝氏の写真である(両脇に写るのは、女優の長澤まさみ氏、夏帆氏とともに映画で四姉妹を演じた、綾瀬はるか氏、広瀬すず氏だ)。
その腕時計に注目してみよう。12時と6時位置にラグを持つ独特なフォルムのラウンドケースと、3・6・9・12時のアラビア数字インデックス、その内側に四角いレイルウェイミニッツトラックが写る。是枝氏の着用モデルは、カルティエ「パシャ」のようだ。
「パシャ」は1985年に発表された、カルティエの人気コレクションのひとつである。その原型は、屋敷のプールで泳ぐ時でも着けられる腕時計を求めたマラケシュのパシャ(太守)、エル・ジャウイ公のために、カルティエが1943年に防水機能ウォッチを考案したことから生まれた。カルティエのラインナップには珍しいラウンドケースのスポーティーな腕時計は、このような背景から誕生している。
ねじ込み式リュウズ プロテクターにはチェーンが付いている。これはプロテクターを本体から外しても落下しないための実用性を持つものであると同時に、パシャの大切な個性ともなっている。スポーティーなデザインに特徴的な要素を散りばめつつ、端正にまとめ上げているのは、ジュエラーとしてのカルティエの技によるところだ。
言わずもがな、カルティエはフランスを代表するブランドだ。是枝氏はパシャのタフな実用性を好んだだけでなく、もしかしたらパリ生まれのカトリーヌ・ドヌーヴ氏らとのコミュニケーションアイテムとしても大切にして選んできたのだろう。
カルティエ 「パシャ C ドゥ カルティエ」