鮨m / 最高峰の同志が紡ぐ妙々たる調和

2019.09.02

最高峰の同志が紡ぐ妙々たる調和

2019年4月、東京・青山の根津美術館近くに誕生した「鮨m」。鮨を愛する料理人と、酒を熟知したソムリエが、これまでにない手法で、ゲストを楽しませてくれる。既成概念ではなく、好奇心を持って訪れていただきたい。

外川ゆい:取材・文 Text by Yui Togawa
三田村優:写真 Photographs by Yu Mitamura
のどぐろの握り
皮目を炙った唐津産ののどぐろを、小ぶりの酢飯で握り、利尻産の昆布の上に置く。米は、無農薬栽培を極める石井稔氏が、宮城県登米(とめ)市で育てるひとめぼれ。大粒で力強い。中村氏曰く「魚を持ち上げてくれるお米」。オーストラリアのクリスマス島の塩など7種を使い分け、醤油は一切使用しない。おまかせコースは約20品で構成。

 扉を開けると、鮨屋らしい優美な木曽檜のカウンターがL字形に連なる。聞けば、伊勢神宮に奉納される予定だった樹齢200年以上の一枚板だという。その奥に目を向けると、鮨屋らしからぬ牛革のソムリエカウンターが鎮座。この他よそ所では見ることのないダブルカウンターこそが、こちらならではの独自のスタイルを物語っている。

 鮨カウンターに立つのは、この道20年以上になる中村導昌氏。「鮨す し心し ん」や「鮨心 はなれ」を弟子たちに任せ、自身が改めて鮨に向き合う場所として「鮨m」を開業した。そのパートナーであるのが、ソムリエカウンターに立つ木村好伸氏だ。10年にわたり、「NARISAWA」でヘッドソムリエを務めた経歴を持つ。開店に向けての1年間は、最高峰の食材や酒を求めて、生産に携わる人々を巡った。漁師宅に泊まって、寝食を共にすることもしばしば。日本一に輝いた牡蠣や、生で食すことができる赤座海老など、稀少な食材の数々を仕入れることができるのも、人との絆の賜物といえる。

のどぐろの握りに合わせて提供されるのは、香川県の銘酒「悦 凱陣山廃純米酒 無ろ過生 赤磐雄町」の燗冷まし。

 そんなストーリーある食材を、最高の状態で、最も寄り添う酒と共に提供する舞台が「鮨m」なのだ。例えば、のどぐろの握りは、プレゼンテーションも興味深い。熱された陶板にお湯を注ぎ、蓋をして待つこと30秒。のどぐろの脂が酢飯に入り込み、程よい温度になったところに、酢す橘だちが搾られる。「悦 凱陣 山廃純米酒 無ろ過生 赤磐雄町」の燗冷ましを口に運べば、日本酒特有の酸が歩み寄ってくるよう。セレクトする銘柄も然ること乍ながら、温度帯がいかに大切かを教えてくれる。

 心地よく、すっと染み入るような感覚。それは、食と酒の相性が申し分ない証拠であり、驚きや喜びをももたらす。「m」は、“mariage”(マリアージュ)に由来。これは、中村氏と木村氏が生み出す鮨と酒のマリアージュであることはもちろん、ネタと酢飯、作り手と食べ手。いくつもの重なりが「鮨m」をつくり、鮨の概念を覆す、という表現では足りないほどの感銘を与えてくれる。

料理同様、そぎ落とした美学で造られた空間。20時になると30秒かけてゆっくりと、ゲストが気づかぬうちに照明が落ちていく。

(左)中村導昌 Michimasa Nakamura
1978年、埼玉県生まれ。18歳で「築地寿司清」へ入店。25歳で、広尾「意気な寿し処阿部」の店長を任される。2009年、白金「鮨心」を開店し、その後、南麻布に移転。2017年に「鮨心 はなれ」を西麻布に開店する。
(右)木村好伸 Yoshinobu Kimura
1977年、兵庫県生まれ。食品会社勤務を経て、24歳で渡米。ジョンソン&ウェールズ大学で、レストランマネジメントを学ぶ。NY「Megu」で3年間勤務。帰国後、南青山「NARISAWA」にて10年間、ヘッドソムリエとして働く。


鮨m
東京都港区南青山4-24-8 アットホームスクエア2F
☎ 03-6803-8436
日曜休
19:00 一斉スタート おまかせコース3 万円
アルコールペアリング1万8000円
(消費税別、サービス料なし)