2019年はコンプリケーションウォッチを得意とするクリストフ・クラーレにとって、いくつもの点で特筆すべき年であったといえよう。自身の名前を冠したブランドの10周年というだけでなく、ユリス・ナルダン、ハリーウィンストン、メートル・デュ・タンなどからの複雑なムーブメントの受注制作を行ってきたル・ロックルの「マニュファクチュール クラーレ」が創業30周年を迎えたのだ。このふたつの記念すべき年が重なったことを特別な機会とし、クラーレは新作の時計を発表するという形で祝っている。それが「アンジェリコ」だ。
Text by Logan R.Baker
クリストフ・クラーレ「アンジェリコ」
2019年1月のSIHHでお目見えをした「アンジェリコ」は、トゥールビヨンにロングレバーデテント脱進機、そしてケーブル式のフュゼトランスミッションシステムを採用している。この組み合わせは腕時計史上初となるものだ。アンジェリコはこの特筆すべき機構を最初に搭載しているだけでなく、ジャンピング式のデュアルタイム表示、昼夜表示、独立して駆動する平行に組み付けられたふたつの香箱によってもたらされる約72時間のパワーリザーブ表示なども備えている。このすべてが直径45.5mmの時計の中に収められているのだ。
18世紀の大航海時代、デテント脱進機を搭載したマリンクロノメーターはジンバルに直接組み付けられていた。これはマリンクロノメーターの構造が衝撃などに対して弱いものであったことを意味し、結果として腕時計への搭載には理論的に無理があるとされてきた。アンジェリコが発表されるまでの話である。
アンジェリコは、デテント脱進機の振り当たりによるリスクを回避するため、アンチピボットカムとセーフティフィンガーメカニズムをテンワに一体化させた。また柔軟性のあるスラストベアリングが歯車に取り付けられて、テンワにつながっているため、過剰な負荷を吸収できるようになっている。クリストフ・クラーレファンの方には、このデザインが「マエストーゾ」モデルからのものであることを思い出す向きも多いことだろう。アンジェリコでは、これがトゥールビヨンに搭載されたのだ。なお、6分間に1回転するトゥールビヨンのキャリッジはチタン製、ブリッジはアルミニウム製である。
デテント脱進機搭載のトゥールビヨンに加えて、アンジェリコはコンスタントフォースを実現するケーブル式フュゼ変速機構を備えている。フュゼと香箱を繋ぐ素材には、従来使われてきたようなチェーンではなく、ダイニーマナノファイバーによるケーブルを採用している。ダイニーマナノファイバーとは超高分子量ポリエチレンを原料にした繊維素材であり、軽量さと、耐紫外線、ならびに化学的安定性を持ち合わせる。ケーブルを採用する利点には、チェーン式の場合には生じてしまうリンク間の摩擦を排することと、チェーン式の2倍の長さを香箱に巻き付けることでパワーリザーブの変速比を正確に調整できることが挙げられる。
直径わずか0.18mmという髪の毛3本ほどの細さでありながら、ダイニーマナノファイバーは10kgの重さのものを引き上げる強さを持つ。腕時計においてこれだけのエネルギーは余剰ではあるが、堅牢性はケーブルへの信頼につながるものだ。ダブルバレルの巻き上げ状態によって約72時間のパワーリザーブが得られると同時に、フュゼの受けに配された「STOP WORK」の表示は、巻き上げの完了を示すものである。
デュアルタイム表示はジャンピング方式によって5時位置と7時位置に配され、それぞれの時間帯には昼夜表示も備えられている。分表示は外周部を指し示す針によって行われ、ゴールドバージョンには天然のルビーが、チタンバージョンにはブルーサファイアがあしらわれている。
「アンジェリコ」の名前は、ルネッサンス初期の画家フラ・アンジェリコに由来すると同時に、クラーレ自身がアーティスティックで繊細な感覚を持ち続けることにつながっている。なお、最新のリリースに加え、クリストフ・クラーレは保証期間をアンジェリコ以降5年に延長することを合わせて発表した。
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