従来の脱進調速機と何が異なるか
左は、機械式時計に広く用いられるスイスレバー脱進機。シリシウムの採用でパフォーマンスは改善されたが、平立差、脱進機誤差、そして温度係数は十分に改善されたとは言いがたい。右はガンギ車を除く調速脱進機を一体化した、ゼニス オシレーター。脱進機の種類としては、グラハム脱進機に近い摩擦停止脱進機である。ギィ・セモンの技術陣は、より高い精度を与えるため過去の設計に回帰した。
先述した通り、ゼニス オシレーターはテンワ、ヒゲゼンマイ、緩急針、ヒゲ持ち、アンクルに相当する部品が、すべて一体されている(ガンギ車は別)。その厚さは0.5mm。オシレーターはムーブメントに覆いかぶさるように配置され、またフレームで上下からサンドイッチのように挟まれている。これは一体成型部品の高さ方向の変形を規制するためである。
調速脱進機を一体化したゼニス オシレーターは、既存の調速脱進機とふたつの点で大きく異なる。ひとつはヒゲゼンマイを持たないこと。そしてもうひとつが、テンワとアンクルの非接触時間がある自由脱進機ではなく、振り子時計の時代に使われた摩擦静止脱進機であることだ。
その狙いは、平立差、つまりテンワとアンクルの軸が存在するために生まれる、平姿勢と立姿勢の歩度の差と、脱進機が理由で起こる脱進機誤差、そして温度変化によるヒゲゼンマイとテンワの変形が原因で発生する誤差、つまり温度係数の3つを解決することだった。この3つは機械式時計には付きものだが、ゼニスはテンワとアンクルの軸を省き、代わりに一体成形で全体を支える構造にした。
ゼニス オシレーターのガンギ車は、従来のスイスレバーとはまったく異なる形状を持つ。理由のひとつは、一度止まったら動かない摩擦停止脱進機に、再起動機能を盛り込むため。「ガンギ車とアンクルの衝撃面端部形状の決定には時間を要した」と開発者は語る。
脱進機誤差を改善したのは、シリシウムの物性である。ガンギ車とアンクルの慣性が小さくなり、両者の摩擦が軽減すると、脱進機誤差は改善される。軽くて摩擦係数の少ない、シリシウムはうってつけの素材だった。
そして温度変化も、やはりシリシウムが効いた。シリコン素材は温度変化による変形がスティール材の5分の1程度のため、理論上の温度変化は大きく改善される。ゼニス オシレーターは、既存の機械式時計の性能を大きく超えるパフォーマンスを持つに至ったのだ。
振動中のゼニス オシレーターの模様。6時位置にあるのがガンギ車、それに噛み合う小さなT字形の箇所がスイスレバー脱進機におけるアンクルである。それの振動を、ヒゲ持ちとヒゲゼンマイに相当する箇所を経由させ、テンワに相当する、オシレーター外周部のプレートに伝える。