世界初の自動巻きクロノグラフとして発表されたゼニスのCal.3019PHC、通称エル・プリメロは1969年1月10日に発表され、2019年に50周年を迎えた名機である。
エル・プリメロは現在においても高く評価されているムーブメントのひとつとして認識され、そして、一部の改良を経ながら、今なおクロノグラフの第一線に立ち続けている。
今回は誕生50周年を機にその歴史を振り返る。
ゼニス「エル・プリメロ」
時計そのものが年月を経て“クラシック”として価値ある存在になることはあまり珍しくないが、時計のムーブメントがその名をはせ、50年後に伝説的なステータスを手に入れることは、そうあることではない。
1960年代終わりのスイスでは、世界初の自動巻きクロノグラフムーブメントの開発にいくつかのメーカーが精力をつぎ込んでいた。代表的なのがブライトリング、ホイヤー・レオニダス、ハミルトン・ビューレン、デュボア・デプラが協業したグループである。彼らはマイクロローター搭載の自動巻きムーブメントにクロノグラフ用のモジュールを重ねるかたちで自動巻きクロノグラフムーブメント、クロノマティックを開発し、69年3月にジュネーブ、ニューヨーク、香港、ベイルートで同時発表を行った。
一方、日本ではセイコーが垂直クラッチを用いることで、コンパクトなクロノグラフ機構を自動巻きムーブメントに載せることに成功した。自社製のCal.6139は69年5月に日本市場へ導入され、これが世界初の自動巻きクロノグラフの発売となった。
しかしそれらに先駆け、ゼニスとそのパートナーであるモバードは69年1月10日のジュネーブにおけるプレスカンファレンスで、「エル・プリメロ」(スペイン語でNo.1の意)と呼ばれる自動巻きクロノグラフムーブメントとそれを搭載したプロトタイプの発表にこぎつけていた。直径13.5リーニュ、厚さわずか6.5mmのエル・プリメロは、主ゼンマイの収縮率が目まぐるしく変わる自動巻き機構を用いながら、高精度を維持するため、極めて早い時期に硫酸モリブデンをベースとした乾燥潤滑剤を香箱に使用したムーブメントでもある。
また、当時としては画期的な約50時間のパワーリザーブや、3万6000振動/時(毎秒10振動/5Hz)というスペックを兼ね備えていた。特に後者はクロノグラフの計測時間を10分の1秒単位で可能にしている。一方、ブライトリングやホイヤーが開発したクロノマティックCal.11の振動数は1万9800振動/時であった。
活躍の場を広めたエル・プリメロ
エル・プリメロはセンターローターによって主ゼンマイを巻き上げる。この巻き上げ効率を高めるべく、ローターの外周部分に比重の高いタングステンカーバイドを一部使用し、着用者のわずかな動きでもローターが回転するように調整されているのだ。クロノグラフは12時間まで計測できるようになっており、そのスタート/ストップ/リセット制御にはコラムホイールが用いられている。なお当時、他のウォッチメーカーの多くは生産コストの低いカム式を採用していた。また4時位置には真夜中に瞬時に変わる、クイックコレクトデイト機能付きのカレンダーも設けられていた。
エル・プリメロはスタート直後から2種類のバージョンが生産されていた。ひとつはキャリバー3019PHCでデイト表示付き、もうひとつはキャリバー3019PHFでフルカレンダーとムーンフェイズ表示が搭載されていた。エル・プリメロのような高振動機は重力や衝撃などの外部からの影響を受けにくいため、時間計測において高精度を保つことが可能となる。しかし、高振動のため、機械の磨耗もその分多く、エル・プリメロは頻繁にメンテナンスを受ける必要のあるムーブメントであった。
エル・プリメロはゼニスの数々のコレクションの時間計測に貢献していただけでなく、10年以上にわたって「それとは知られず」に活躍したムーブメントでもあった。ロレックスはエル・プリメロに手を加えて、「オイスター パーペチュアル コスモグラフ デイトナ」に88年から搭載し始めた。これによってデイトナは自動巻き機構を得たのである。ロレックスはいくつかの技術的な部分改良を加えた上で、ゼニスのキャリバーを2000年まで搭載し続けた。振動数を2万8800振動/時まで落としたほか、ロレックスはテンワにマイクロステラナットを取り付け、フリースプラングとすることで、精度や耐衝撃性に関する社内基準を満たしていたのだ。ほかにもエル・プリメロを何年にもわたって搭載していたブランドは多く、モバード、エベル、ダンヒル、デュボワ&フィス、タグ・ホイヤー、ダニエル・ロートなどが挙げられる。