各モデルに専用のムーブメントを与える「1モデル1キャリバー」を掲げるアーノルド&サン。年産数を考慮すれば、20を超えるモデルラインナップを有するには、あまりにもコストが掛かりすぎる戦略のように思える。しかしこの方針こそが、アーノルド&サンが他ブランドにはない独創的なデザインの時計を多く手掛けられる大きなカギなのだ。
2016年に発表された薄型トゥールビヨンの限定モデルがパラジウムケースになって復活。ケースカラーに合わせて地板と受けの色味を既存モデルより薄くしている。19年新作。手巻き(Cal.A&S8220)。29石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約90時間。パラジウム(直径42mm、厚さ8.34mm)。3気圧防水。世界限定8本。775万円。
細田雄人(本誌):文 Text by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
ムーブメントに見るアーノルド&サンという特異点
2018年に開催されたアーノルド&サンと『クロノス日本版』のトークショーにて、アーノルド&サンのセールスマネージャー、フランソワ・ピッチ氏はこう語った。「アーノルド&サンの強みはデザインありきの時計づくりができる点にあります。多くのメーカーでは、あらかじめ使用するムーブメントが決まっており、そのムーブメントに合わせてケースサイズやデザインを決めなければなりません。しかし、アーノルド&サンでは各モデルに対して、それぞれ専用のムーブメントを開発します。つまり最初にデザインを決めて、それが実現できるムーブメントを後から開発するのです」
アーノルド&サンの少量生産と、それに反したモデル数の多さを考慮すると、異例とも言えるコストの掛けようだ。しかし、アーノルド&サンの独創的な時計づくりを成立させるには確かに必要不可欠な方法でもある。それは同社の時計の多くが、「スケルトン」と「左右対称」を軸につくられているからだ。
ここで紹介している4本はアーノルド&サンの中でも特にこのふたつの軸が伝わりやすいモデルである。「タイム・ピラミッド」は同社の時計の中でも格段にユニークなデザインを持つ。4時位置と8時位置、ふたつの香箱を底辺、12時位置のテンプを頂点に構築される三角形のムーブメントは、「左右対称」デザインの最たる例だ。ダイアルやテンプ、2番車以降の輪列やリュウズに至るまで、ひとつしかないものはすべて6時-12時位置のラインにまとめられた。さらに、機能的にはひとつで事足りるパワーリザーブインジケーターを、4時位置と8時位置の香箱にそれぞれ直結させて3時位置と9時位置にふたつ配しているのだ。また、「DBG スケルトン」も同様に左右対称に力を入れた作品である。3時位置と9時位置の2カ所からリュウズが出ている同作は、デュアルタイム表示をふたつのムーブメントを用いて行う。そのため、オープンワーク化されたダイアルからは香箱から各輪列、ガンギ車やテンプといった脱進調速機に至るまで左右対称に配された様を楽しめるのだ。
アーノルド&サン タイム・ピラミッド
アーノルド&サン ネビュラ 38mm
アーノルド&サン トゥールビヨン・クロノメーター No.36
アーノルド&サン DBG スケルトン
スケルトンウォッチは露出したムーブメントの〝面〞の仕上げに各ブランドの実力や個性が出る。「ネビュラ38㎜」ではムーブメントの動きを見せるべく、英国調の三角ブリッジを多用。そのため、一層仕上げ箇所は増えてしまうが、その面をダイヤモンドカットで面取りしている。また、オープンワークモデルの「トゥールビヨン・クロノメーター №36」も同様に受けを分割。手間は掛かるはずだが、仕上げに抜かりはない。
そして〝デザイン先行〞時計の中で忘れてはいけないのが、フライングトゥールビヨンを厚さ8.34㎜という薄型ケースに収めるUTTEの限定モデル、「UTTE スケルトン」だ。14年の発表時、世界最薄のトゥールビヨン搭載時計であったUTTEのムーブメント厚はわずか2.97㎜。これを単純に肉抜きするだけでは強度が不足してしまうため、再設計を行った上で、ムーブメント厚を3.30㎜に変更している。薄型スケルトンというデザインを実現すべく、ムーブメントをしっかり手直しした、まさに「デザインありきの時計づくり」を体現するモデルだ。
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