ルモントワールとコンスタントフォース概論(後編)

2019.11.12

コンスタントフォース事例研究

 ウォッチ用コンスタントフォースの具体的な構造についても触れておこう。まずはアブラアン-ルイ・ブレゲの製作したコンスタントフォース脱進機である。その性能についてアンソニー・ランドールらは苦言を残したが、デテント脱進機に組み込まれたこの形式はコンスタントフォースの中で最も一般的なもののひとつだ。この形式で最も重要な部品は、図中(c)である。これは「メインテイナー」と呼ばれ、一定のトルクを溜め込みテンワに伝達する役割を果たす。動作シークエンスは次の通りだ。①輪列からのトルクで歯車(F)と歯車(T)が、メインテイナー(c)を巻き上げる。ある地点まで巻き上がると歯車(F)と歯車(T)はバネ(G)によって、メインテイナー(c)はバネ(D)によってロックされる。②テンワの振り座(a)がバネ(D)を押してメインテイナー(c)のロックを解除する。③メインテイナー(c)が振り座(a)を振り、蓄えられた一定のトルクがテンワに伝わる。④メインテイナー(c)が振り座(a)を振り終えたあと、バネ(G)を押して歯車(F)と歯車(T)のロックを解除し、最初の動作に戻る。

アブラアン-ルイ・ブレゲが1795年に製作したコンスタントフォース脱進機。スプリングと一体化したメインテイナーに、部品数を少しでも減らす工夫が見られ、いくつかのマリンクロノメーターと、シンパティック・クロックに限って採用された。デテント脱進機にコンスタントフォースを組み込む試みの中では、最も一般的な形式のひとつ。

 この際、メインテイナー(c)がバネ(G)のロックを外す動作がテンワに悪影響を与えないよう、うまくタイミングをずらしてあることに注目したい。ただ、非常によく考えられた機構ではあるが、ロックに用いる部品点数が多いため、それらの摩擦がテンワに悪影響を及ぼす。また、これらは繊細で複雑な形状をしているために温度変化による変形も問題になる。結果、一定のトルクでテンワの振り角を安定させるという目的にもかかわらず、かえって摩擦の増大と温度変化に伴う変動を増加させることとなった。このようなコンスタントフォース設計のジレンマは多くの時計師たちを悩ませた。〝時計師の賢者の石〞と評される所以である。

 ジラール・ペルゴの「コンスタント・エスケープメントL.M」は、このジレンマに真正面から取り組んだ稀有な例だ。同社は脱進機の素材に一体成型のシリコンを使うことで、機構の軽量化と部品点数の低減に成功した。確かにこれならば部品同士の摩擦も少なくなるし、素材がシリコンのため温度変化に伴う素材の変形は改善されるだろう。現代でしか製造できない、非常に興味深い解のひとつだ。

ル・ロックル時計学校で脱進機理論を教えていたロベール・ガフナーが1940年代に発明したカム方式のルモントワール。信頼性が高いため現代のメーカーに好まれる。IWCの「ポルトギーゼ・シデラーレ・スカフージア」(2011年)などが、この機構の発展型。ガフナーの機構と比較すると、摩擦の影響を減らすためにルーローカムを小さくするなど細かい改善が盛り込まれている。

 このような特殊な例を除いて、20世紀以降のコンスタントフォースの主流は、諸悪の根源であるメインテイナーをなくしてしまう方向にある。これについてはリヒャルト・ダナースやトーマス・プレシャー、ドゥ・ヴィットなどが採用する、アンリ・ジャンヌレの方式を紹介しよう。これはガンギ車の同軸に、スプリングと慣性錘を配置したものだ。アンクルのロックが解除されると主ゼンマイからの輪列がガンギ車を回そうとするが、慣性錘があるため追いつかない。そこでガンギ車はスプリングによって一足先に回転する。アンクルの脱進が終わったところで、ようやく慣性錘を従えた輪列が追い付いてスプリングをある地点まで巻き上げる。しかし個人的には慣性錘がどこまで外乱に耐えうるのか、疑問が残る。なお、図中にあるピンはスプリングが必要以上に解けないようにする安全装置の役割を果たしている。ダニエルズのルモントワールで考察したスプリングが解けすぎてしまう問題に対する最もシンプルな解決法である。この安全装置はカム式のルモントワールなどにも多く用いられている。

 最後に挙げる例は、グザヴィエ=ジョセフ・トゥーリアの方式だ。二重に重なったガンギ歯が特徴的なこのコンスタントフォースは、ヘリテージ・ウォッチ・マニュファクトリーなど、一部の野心的なメーカーでのみ採用されている。一定のトルクを溜め込むコンスタントフォーススプリングは、上下のガンギ歯の間に配置されている。上のガンギ歯はアンクルに衝撃を与えテンプを駆動するためのものであるが、一方、下のガンギ歯は先端の形状がやや異なりコンスタントフォーススプリングを巻き上げる役割を果たす。またトゥーリアの機構では、通常のアンクルとは別に、コンスタントフォーススプリングを巻き上げるための上下異なる形状の爪石を持った、二重のアンクルを備えている。上のガンギ歯はアンクルへの衝撃を終えたあと、この二重のアンクルを押し上げる。そこでスプリング巻き上げ用のガンギ歯のロックが外れ、スプリングがある一定量巻き上げられる。

アンリ・ジャンヌレが1940年代初頭に発明した慣性錘方式のコンスタントフォース。敢えて回転しづらい慣性錘を輪列内に配置することで、そこに生まれる“タイムラグ”を利用し副動力の巻き上げとロックを行う。部品点数が最も少ないコンスタントフォースの形式であり、ドゥ・ヴィットが2008年に発表した「アカデミア トゥールビヨン フォース コンスタント」は、約72時間のパワーリザーブを可能にした。

モバードで組み立てと検査を担当していた時計師グザヴィエ=ジョセフ・トゥーリアが発明した方式。慣性錘方式では曖昧であったスプリングの巻き上げタイミングが二重のガンギ歯により精密に制御されている。同様の機構には、ヘリテージ・ウォッチ・マニュファクトリーの「セクワックス脱進機」や、ファブリカシオン・ドゥ・モントル・ノルマンドの「二重ガンギ歯方式」がある。これらはともにカルステン・フレスドルフによる野心的な設計だったが、大規模に量産されることはなかった。

 これらはメインテイナーを持たず、振り座から離れたところに配置されているが、毎回の衝撃ごとにスプリングを巻き上げることから、狭義のコンスタントフォースに分類できるだろう。またこれらのコンスタントフォースも、巻き上げやロックなどの動作が衝撃と重ならないようにうまく設計されており、テンプに極力悪影響を与えない設計になっている。そういう意味では、ブレゲからのコンスタントフォースの理念をしっかりと受け継いだメカニズムだと評価できる。

 これまで見てきたように、長い歴史の中で、ルモントワールの存在意義は揺れ動き続けてきた。そして最終的には、3番車や4番車の間に置かれ、精度向上とデッドビートの時刻表示をするという二重の意義を持つに至った。今後のテーマは引き続き、信頼性の向上とエネルギー効率の改善となるだろう。具体的には部品軽量化と摩擦の低減がポイントになりそうだ。時刻表示はさらなる多様化が期待される。例えばルモントワールスプリングの巻き上げスピードを落とすことで、ゆっくりと動作する詩的なデッドセコンドが可能だろう。一方のコンスタントフォースは、フロッドシャムの評価以降ウォッチには不適切な機構とされ、いくつかの実験的なモデルを例外として、行き止まりのような状態が続いていた。しかし現代になって、シリコンなどを用いた、一体成型された複雑部品がコンスタントフォースの新たな道を切り拓きつつある。

 結論を述べたい。今の時代とは、幸運にも歴史上初めてウォッチ用ルモントワールとコンスタントフォースの商品化に成功した時代といえるだろう。20世紀以前には多様な形式のルモントワール、コンスタントフォースが誕生したが、その多くは構成部品が繊細で、かつエネルギー効率の低い機構であった。そこに携帯時の信頼性やエネルギー効率改善を与えたのは間違いなく現代なのだ。公開されている特許の数々を見ると、どのメーカーも、先人の知恵の結晶を深く研究し、次の一手を模索していることがよくわかる。高精度な加工と新技術、そして何より野心的な頭脳を武器に、今までなし得なかったルモントワールやコンスタントフォースが今後も登場するだろう。チャールズ・フロッドシャムがかつて述べた〝時計師の賢者の石〞が完成する日は、案外近いのかもしれない。