ミニッツリピーターやトゥールビヨンと並び称される複雑機構のひとつ、永久カレンダー。その仕組みや歴史に関する数多くの出版物が存在するのに対して、1996年登場と、歴史の浅い年次カレンダーに関してその機構を説明したものはあまりない。本特集では代表的な年次カレンダーの設計を解説することで、年次カレンダーが一体どのような機構で、強みを持っているものなのかを伝えていきたい。
選ぶべきは歯車型か、レバー型か?
Text by Takahiro Ohno (Off ice Peropaw), Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
歯車型 年次カレンダー1
パテック フィリップが生み出した〝年次〟という概念
今や当たり前となった年次カレンダー機構。これを初めて手掛けたのは、かのパテック フィリップである。永久カレンダーを簡素化するのではなく、シンプルカレンダーの日送りを改良して年次カレンダーに仕立て上げる。そのユニークな着想は、同社の新しい機構に優れた実用性と高い汎用性をもたらすこととなった。すべての年次カレンダーの祖である、パテック フィリップのメカニズム。その革新性を改めて振り返りたい。
初代カラトラバRef.96を受け継ぐ端正なデザインに年次カレンダーを搭載。2006年に誕生し、2010年にドーフィン針&バーインデックスに改められ、文字盤の質感も向上した。自動巻き(Cal.324 S QA LU 24H)。34石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約45時間。18KWG(直径38.5mm、厚さ11.2mm)。3気圧防水。523万円。
年次カレンダーのルーツは1991年、時計師を目指す若き学生が挑んでいた卒業研究課題にある。当時、このジュネーブの時計学校とパテック フィリップは、機械式ならではの新しい複雑機構の開発に共同で取り組んでおり、そこで注目されたアイデアだった。この頃、パテック フィリップはシンプルなカレンダーモデルと永久カレンダー搭載モデルを製造していたが、機構的にも価格的にも、そのギャップを埋める新しいカレンダー機構を開発するよう、92年にフィリップ・スターン社長(当時、現名誉会長)の英断が下る。時計学校の生徒の立案をもとに、プロジェクトは一気に加速したのである。
ご存じのように指針式・窓表示式を問わず、通常のカレンダーは1〜31日を順に表示する。そのため、小の月(2・4・6・9・11月)の翌月1日に、表示を手動で修正する必要がある。対して永久カレンダーは、大小の月、閏年にかかわらず、2100年までのすべての日付を自動的に調整する複雑機構である。17世紀に誕生したとされ、パテック フィリップは1925年に永久カレンダー搭載の腕時計を最初に発表している。
新カレンダー開発チームの同社設計者は、製造コストを抑えるために永久カレンダーを簡素化するのではなく、逆にシンプルカレンダーを進化させることを目指した。永久カレンダーの日付を替えるには巨大なレバーが用いられるため、構造は複雑となり、コストも掛かるからだ。そこで、毎日稼働する31の歯を持つ歯車(日車)と、月に一度だけ動いてレバーのような役割をこなす歯車(月表示ロッキングアーム)を考え出した。歯をひとつだけ持つ後者は、その形状から〝ドルフィン〞の愛称が付けられ、30日の月には、大の月と小の月を見分けるカムに押し出されたドルフィンが、まずは30日から31日へ日付を送る。続いて、毎日の日送りと同じく日車回し爪が、もう一度日車を回して31日から1日へ表示が替わる。小の月の末日に、日車は2回動くのだ。
こうして1994年には主要な開発が完了し、プロトタイプのテストや着用テスト、多数の品質・計時精度評価が行われ、96年、最初の年次カレンダーRef.5035が発表された。使いやすく、価格を抑えた本作は世界の好事家を魅了したのである。
パテック フィリップ開発陣の凄さは、巨大レバーを使用した伝統的な永久カレンダーから、とにかく離れた点にある。調整の難しいレバーに代わって、歯車で構成された年次カレンダー機構は組み立て時の調整が少なく、誤作動を起こしにくい。また、コンパクトな設計のため、さまざまなキャリバーに組み入れることができ、実際に現在まで、基本設計を変えることなくクロノグラフやレディスモデルなど、20種類を超える多彩なモデルに搭載されてきた。
2006年初出の年次カレンダームーブメント。指針表示式からディスク表示式への変更に伴い、同じ輪列で駆動していた曜日表示ディスクとムーンディスクを別系統に分け、トルクの増大に対応。12時位置のパワーリザーブ表示も廃止された。その一方で、筒車から動力を得る24時間計が6時位置に復活している。右のムーブメント画像を見ると、日送り機構は曜日と月表示ディスクの下に設置され、メインレバーで日車の回転量を増やすのではなく、歯車自体を増やすことで、年次カレンダーの安定した日送りを実現している。月表示と曜日表示ディスクを拡大して小窓を外周寄りに移動し、日付表示ディスクの数字を逆向きに替えて小窓を12時位置に移せば、別の年次カレンダーRef.5205(P.120掲載)のカレンダーレイアウトがイメージできるはずだ。
一般的に歯車が増えると輪列の抵抗が増えるが、パテック フィリップらしい優れた加工と磨きによって摩擦を抑え、振り角が落ちにくい高効率な輪列を実現していることも忘れてはならない。とはいえ、テコの原理が利かせられるレバー型と違って、歯車型は本来、重いディスクを回すのが難しい。だが、そんな定説をものともせず、年次カレンダー誕生10周年となる2006年に発表したRef.5396では、従来の曜日と月表示針をディスク表示に替えて時計関係者を驚かせた。
通常のカレンダー機構に比べて5割ほど部品数は増えるが、それを補ってあまりある実用性を手に入れ、パテック フィリップの年次カレンダーは大成功を収めた。コスト圧縮にも成功し、機能的かつ現代的なカレンダー機構を広く一般に知らしめた点で、同社の功績はあまりにも大きい。
Contact info: パテック フィリップ ジャパン・インフォメーションセンター ☎03-3255-8109