クロノス日本版、2019年の腕時計トレンドを振り返る(後編)

FEATUREその他
2019.12.30

バーゼルワールドの縮小、米中対立、香港のデモと言った外的要因が影を落とす時計市場。そういう中で、2019年のトレンドはどういう様相を見せたのか。本誌編集長の広田雅将が2019年のトレンドを総括する。ただし、本人の希望により、記事ではなく、雑談形式だ。本人曰く、話のほうが脱線できるため、とのこと。

前編から見る
https://www.webchronos.net/features/39946/

広田雅将(本誌):コメント Comment by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)

意外な伏兵、コード11.59 byオーデマ ピゲ

ほかにお勧めの時計、ありますか?

CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ

オーデマ ピゲ「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」

これ、デザインで語るべきだったのかもしれませんけど、オーデマ ピゲの「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」は面白い試みです。ケース自体は厚くないんですよ。ただ、サイドを8角形に切り、風防を丸めているからから立体的に見える。ただしあくまでも薄く作っている。

今いろんなメーカーがケースを薄くしようとしてますけど、これって、2000年代に「デカ厚」を真面目にやったからなんですよね。それで立体化の方法論を得て、その手法をそのまま薄型時計に転用するようになった。コード11.59は、確かにかなりユニークな時計ですけど、方法論としては2000年代の「デカ厚」の延長線上にありますね。1993年の「ロイヤル オーク オフショア」の系譜にある。あとこれは、ムーブメントも面白いんですよ。

新しい自動巻き(Cal.4302)と、クロノグラフのムーブメント(Cal.4401)ですね?

Cal.4401

オーデマ ピゲ「Cal.4401」

11.59のクロノグラフは、真面目にフライバックができるんですよね。僕の個人的な意見を言うと、フライバックが真面目に使えるようになったのは、2000年以降じゃないですか。ゼニスの「レインボー」は、ブルーナー先生がフライバックの監修をやったから、壊れないんですけどね。どうでもいいけど、ブルーナー先生は、ウニコの設計にもアドバイスしているはずですよ。だからウニコのフライバックも壊れない。余談ですけど、ウニコのフライバックは、感触がかなりいいですね。量産機とは思えない。

なんでそれ以前のフライバックはダメなんですか?

小さなムーブメントにフライバックを載せても、フライバック機構を上手く収めるスペースがないんですよ。だから無理がある。今は加工が良くなったりして、昔の設計でも問題なくなりましたけど、基本的に、フライバッククロノはでかけりゃいいんですよ。パネライの9100系や、IWCの89系、ウブロのウニコや、APの44系などが、そういった好例でしょうね。


今やパワーリザーブは72時間が当たり前

2019年で良かったムーブメントを教えてください。

『クロノス日本版』No.86

『クロノス日本版』No.86

うーんこれって、『クロノス日本版』のNo.86を読めば分かるからいいんじゃないですか(笑)あれ読めば一通り分かるでしょう。ただ簡単に言うと、オメガのCal.3861は素晴らしいと思ったし、APの43、44系もいいですね。あと、地味だけどIWCの82系は、同社の次世代機として使えるだけのパフォーマンスを持っています。IWCのは地味すぎてあんまり注目されてませんけど、基礎体力はあるし、無類に丈夫ですね。

パテック フィリップのCal.26-330はどうでしょうか?

Cal.26-330

パテック フィリップ「Cal.26-330」

これもクロノスに書いてあるって(笑)理論上は間違いなく素晴らしい機械ですね。それに、そもそもパテック フィリップがおかしな機械を作るわけないじゃないですか。ただ、パワーリザーブが短いのは惜しいですね。あえて強いゼンマイを入れなかったのはパテック フィリップらしいけど、45時間は短いですよね。60時間は欲しかった。強いて弱点を言うと、それだけ。ローターのベアリングにセラミックスを使っているけど、甲高いシャーシャー音もしないですし、感触も相変わらずいいですよね。

長いパワーリザーブも、トレンドには入りませんか?

ああ、忘れてた(笑)今の基幹ムーブメントは、パワーリザーブ約72時間が標準ですね。昔は約48時間でしたけど。ロレックスの31系は素晴らしい機械だけど、パワリザは約50時間しかない。それで、72時間に延ばした32系を投入した。ちょっと僕の好みではないけど、理論上は素晴らしいですね、間違いなく。オメガの基幹キャリバーも良くできているけど、パワーリザーブは短いわけです。重いコーアクシャル脱進機を回してるから、伸ばしたくても伸ばせない。重い脱進機はエネルギーを食っちゃうんです。

デ・ヴィル トレゾア

オメガ「デ・ヴィル トレゾア」

ところがスウォッチ グループにはETAの開発した「裏技」があって、それを使ってパワーリザーブを伸ばせるようになった。2019年に発表した手巻きの「デ・ヴィル トレゾア」は、パワーリザーブを60から72時間に延ばしましたね。まさか72時間に増やせるとは思ってもみませんでしたよ。コーアクシャル脱進機は重いから、無理だろうと思ってましたので。ちなみにブルーナー先生は「(軽い)シリコンを使えるようになったら、コーアクシャルは完成だ」と話しておられましたね。同感です。

「裏技」って何なんですか?

これ、ブレゲが数年前から使っている技術ですね。ゼンマイを収める香箱芯を細くして、可能な限り長いゼンマイを収めるって手法です。最近は、香箱の外壁も薄くして、より長いゼンマイを収められるようになった。たぶん、香箱の内側にDLCコーティングを施してるんじゃないかと思ってますが、詳細は不明です。

ジャガー・ルクルトのCal.899もパワーリザーブ伸びましたよね?

Cal.925/2

ジャガー・ルクルト「Cal.925/2」

そうそう、約40時間から約70時間に増えた。まずはバイプロダクトのCal.925/2に投入されましたけど、基本は899とまったく同じですね。脱進機を軽いシリコンに代えて、あとはたぶんオメガと同じような手法で、長いゼンマイを収めている。手法としてはオーソドックスですけど、まさかここまでパワーリザーブが伸びるとは思ってもみませんでしたね。899は傑作だから、パワリザ伸びるのは嬉しいですよ。さすがに40時間じゃ普段使いできないですからね。あとは、ローター芯の音を抑えられたら文句なしかな。