福岡の名店「オロジオ」の木村喜久氏に、原点となった時計と上がり時計を聞く

安堂ミキオ:イラスト
2020年1月掲載記事

時計の賢人たちの原点となった最初の時計、そして彼らが最後に手に入れたいと願う時計、いわゆる「上がり時計」とは一体何だろうか? 本連載では、時計業界におけるキーパーソンに取材を行い、その答えから彼らの時計人生や哲学を垣間見ていこうというものである。

今回話を聞いたのは、九州・福岡の名店「オロジオ」の木村喜久氏だ。木村氏が挙げた原点時計はパネライ、「上がり時計」はパルミジャーニ・フルリエである。その言葉を聞いてみよう。

オロジオ 木村喜久氏

木村喜久

木村 喜久 氏
株式会社Oro-Gio Style/有限会社オロジオ 代表取締役社長

福岡市出身。大学卒業後、一般企業に就職。結婚を機に時計業界へ転身。機械式時計に特化した高級時計店を目指し、2002年に49歳で独立。同年3月、福岡・大名のメインストリートとも言える国体道路沿線のビルに「オロジオ」をオープン。中でも福岡県でいち早く取り扱いを始めたパネライは2004年に年間300本を超える売上本数で世界トップに輝き、現在でも日本随一の品揃えを誇る店舗として全国からパネライファンが集まる。


原点時計はパネライ「ルミノール マリーナ」

Q. 最初に手にした腕時計について教えてください。

A. 残念ながら手元に残しておらず、記憶もおぼろげなのですが、最初に手にした腕時計は、叔父から高校の入学祝いとしてもらった腕時計です。当時メンズファッション誌のモデルをしていた叔父は洒落者で、私にとって憧れの存在でした。贈られた時計は、シチズンの3針の機械式時計です。実は海外の雑誌でシースルー仕様の時計を見て影響を受け、その文字盤を街の時計屋で外してもらい、着けていたこともあります。懐かしい思い出がよみがえります、残しておけばよかったですね。

 今回はモデルが特定できる腕時計として、パネライ「ルミノール マリーナ」のRef.PAM00001を原点時計に挙げます。パネライとの出合いが私の時計人生を大きく変えたと言えます。1998年のジュネーブサロンのことでした。初めてパネライの時計を目にしたとき、大きいけれどきれいで行き届いたプロダクトに感激し、なんとかこの時計を取り扱いたいという夢が生まれました。当時の私は、クォーツウォッチの取り扱いを主にしていた久留米市の時計店に勤めながら、なんとか機械式時計の取り扱いを増やしたいと試行錯誤している時でした。2001年に再度ジュネーブサロンを訪れ、パネライに具体的な相談を持ちかけたときに「福岡市でならば可能性がある」との返答を受けます。この一言が決め手となり、後悔するまいと一念発起して独立、福岡市内に「オロジオ」を創業する決心をします。資金繰りも一から始めましたから、まだ店舗はありませんでしたが、パネライの皆さんは私の情熱を理解してくださいました。パネライの当時のマネージャーが、取り扱いや販売方法について近所の喫茶店までレクチャーに来てくださった際には、妻と共に懸命に学びました。忘れがたい記憶ですね。「ルミノール マリーナ」Ref.PAM00001は、オロジオが無事にオープンしたことを記念して購入した時計です。

ルミノールマリーナ

木村喜久氏の原点時計は、パネライ「ルミノール マリーナ」Ref.PAM00001。手巻き(Cal.OPⅡ)。17石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約56時間。SS(直径44mm、厚さ14.3mm)。300m防水。2002年発表。


「上がり」時計は、パルミジャーニ・フルリエ「カルパ エブドマデール」

Q.いつしか手にしたいと願う憧れの時計、いわゆる「上がり時計」について教えてください。

A. 原点時計として挙げたパネライ「ルミノール マリーナ」は2度ほどのオーバーホールを経て、今でも大切に使っています。飽きが来ることはまったくありませんし、むしろ久々に着けると新鮮さすら感じるほどです。そういった点において高級時計では特に、デザインの普遍性は大切なものです。オロジオのお客様の中には、人生で唯一のものとする高級時計を探しに来る方もおられます。そういった方には、30年後、50年後でも、良い時計だなと思われる時計をご提供したいですね。
 普遍的な魅力を重視した上で、実は私はすでに「上がり時計」を手に入れました。黄金比に則ってデザインされた、パルミジャーニ・フルリエの「カルパ エブドマデール」です。時計人生の有終の美を飾るのが「上がり時計」の定義のひとつですよね。私は2020年で67歳、まさに「上がり時計」を手に入れるべき時期に差し掛かったと思います。元気なうちに「上がり時計」を手に入れて存分に思い出を刻みたいと思い、妻を説得して購入しました。長年、時計業界に従事しましたが、リュウズを巻くたびに時計に気持ちがこもる感覚は今も変わりません。やはり私にとって、機械式時計は特別なものです。節目ごとに手に入れた時計に込めてきた思いを、娘や息子たちが将来時計を手に取った時に感じてくれたらうれしいですね。

カルパ エブドマデール

木村喜久氏が、次代に贈る「上がり時計」として選んだのはパルミジャーニ・フルリエ「カルパ XL エブドマデール」。Ref.PFC101-1001000-HA1441。手巻き(Cal.PF110)。28石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約8日間。18KRGケース(縦44.7×横37.2mm、厚さ11.2mm)。30m防水。2017年発表。


あとがき

九州を代表する高級時計店、オロジオの木村喜久氏。木村氏はクォーツウォッチが主力商品だった時計店に入社することから、時計業界入りを果たした。店のラインナップに機械式時計を増やすことに尽力した木村氏は、IWCやブライトリング、ジラール・ペルゴなどに直談判し、少量ずつ委託販売することからその才覚を発揮。15年ほどの間で、徐々に実績を積み重ね、自身の気概と機械式時計の可能性を示した。その年月は、独立に向けた熱量の蓄積に十分だったのだろう。オロジオ開店からわずか2年で、パネライの売上本数で世界トップに輝き、その存在感を示した。
 木村氏が当時を振り返る中で、顧客の居心地のよさを第一とした店舗作りに精励した話や、また業界の先輩であるアイアイ イスズの飯間康行氏をはじめ、恩義のある人の名前を繰り返し挙げたことが印象的だった。先見の明や実行力に加えて、他者を尊ぶ姿勢が礎にあり、名店は一代で築かれたのだろうと感じた。

高井智世

オロジオ 公式ウェブサイト https://oro-gio.co.jp/