時計経済観測所 / 時計需要の好調に水を差す一大市場「香港」の行方

2020.01.17

2019年6月以降激化し、現在まで続く香港の反政府デモによる経済への影響が、現実的な数字となって表れてきた。他方、スイス時計の対外輸出は堅実に推移している。これまで世界の時計市場を牽引してきた香港の影響を気鋭の経済ジャーナリスト、磯山友幸氏が分析・考察する。

磯山友幸:取材・文 Text by Tomoyuki Isoyama
安堂ミキオ:イラスト


時計需要の好調に水を差す一大市場「香港」の行方

 香港での政府への抗議行動は一向に収まる気配を見せない。香港政府は警察によるデモ鎮圧を行い、大学構内への突入にまで踏み切った。死傷者も出ており「もはや内戦状態だ」という声も上がる。公共交通機関への影響もあり、香港を訪れる観光客は激減。観光業のみならず、香港の産業全体に影響を与えている。

一大市場の崩壊

 香港政府が10月31日に発表した2019年7-9月の域内総生産(GDP)速報値は前期比3.2%減と、リーマンショック直後の2009年以降、最悪となった。4-6月期は0.4%の減少で、2四半期連続のマイナス成長となったことで、定義上「リセッション(景気後退期)」入りしたことになる。

 10月以降も抗議活動はむしろ激化しており、10-12月期のGDPもマイナス成長が避けられない見通し。陳茂波(ポール・チャン)財政官は、2019年の香港経済は年間でマイナス成長となる可能性が「非常に高い」と述べている。

 そんな影響が時計市場にもはっきりと現れている。スイス時計協会がまとめた10月の国・地域別時計輸出額を見ると、香港向けは1億9130万スイスフラン(約209億円)と、前年同月に比べて29.7%減と大幅なマイナスになった。4月以降7カ月連続でマイナスが続いている。
 
 6月には米国向けに抜かれて輸出先別で2位に転落、7月は何とか1位に返り咲いたものの、8月、9月と続けて米国向けの後塵を拝した。さらに10月には中国本土向けにも抜かれ、3位に転落した。極めて異例の事態で、時計の一大需要地だった香港が音を立てて崩れている。

 1月から10月までの累計では香港向けは8.8%減の22億6180万スイスフランと、辛うじて首位を保っているが、2位で8.8%増の米国(19億7000万スイスフラン)、3位で15.6%増の中国本土(16億520万スイスフラン)に猛烈に追い上げられている。香港向けが落ち続け、年末商戦に向けた米国向けが好調だった場合、年間の輸出先として香港が首位から転落する可能性も出てきた。

台湾、韓国でも景気悪化の兆し

  外交や安全保障問題が経済に影を落としているのは香港だけではない。香港同様、中国との関係が微妙な台湾も、香港の動乱を見て揺れている。2020年1月に行われる総統選挙では、現職で中国と距離を置く蔡英文総統が当初は苦戦するとみられていたが、香港の混乱を受けて台湾の人々の対中警戒感が強まり、一気に蔡氏が優勢になっている。

 一方、中国との緊張が高まると、台中貿易にはマイナスで、景気に影を落とす。台湾から日本を訪れる訪日客も減少傾向になっている。

 スイス時計の台湾向けは1-10月の累計では前年同期比0.8%増と低い伸びにとどまっている。

 また、米中貿易摩擦の影響で、半導体の輸出が落ち込んでいる韓国も景気悪化が懸念されている。韓国の中央銀行である韓国銀行が10月24日に発表した7-9月期の実質GDP(速報値)は前期比プラス0.4%。4-6月のプラス1.0%から鈍化した。このままでは年間の成長率がリーマンショック後最低になるとの見方が広がっている。

 時計需要も同様に鈍化する傾向がみられ、10月のスイス時計の韓国向け輸出額は0.9%減とマイナスに転落した。日本との関係悪化に伴う相互の旅行客減少なども景気に影を落としている。

 スイス時計全体の1-10月の輸出額は前年同期を2.7%上回っている。2018年の211億7320万スイスフラン(約2兆3000億円)を年間で上回れば3年連続の増加となる。2018年は世界全体としては時計など高級品が売れた良い年だったということになるのだろうが、最大の市場である香港の崩壊が今後どう影を落としていくのか。スイス時計の輸出のピークは2014年の222億スイスフラン。それを上回ることができるかどうかで、2020年の世界経済のムードが大きく変わることになるに違いない。

磯山友幸
経済ジャーナリスト。1962年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞社で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、『日経ビジネス』副編集長・編集委員などを務め、2011年3月末に独立。著書に『「理」と「情」の狭間 大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』『ブランド王国スイスの秘密』(いずれも日経BP社)など。現在、経済政策を中心に政・財・官界を幅広く取材中。
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