ブランパン「フィフティ ファゾムス」の名前の由来をひもとく

どんなものにも名前があり、名前にはどれも意味や名付けられた理由がある。では、有名なあの時計のあの名前には、どんな由来があるのだろうか?このコラムでは、時計にまつわる名前の秘密を探り、その逸話とともに紹介する。
今回は、現代のダイバーズウォッチの原点とも言えるブランパン「フィフティ ファゾムス」の名前の由来をひもとく。

福田 豊:取材・文 Text by Yutaka Fukuda
吉江正倫:写真 Photographs by Masanori Yoshie
2020年1月 掲載記事

ブランパン「フィフティ ファゾムス」

フィフティ ファゾムス

ブランパン「フィフティ ファゾムス」
1953年にブランパンより発表されたダイバーズウォッチの原点と言える名機。現代のダイバーズウォッチの意匠や機能につながる黒文字盤に大きな夜光インデックス、大径のケースは、フランス海軍特殊潜水部隊が使用できるダイビングウォッチを探していたロベール・“ボブ”・マルビエ大尉の依頼によって採用された。自動巻き。17石。1万8000振動/時(編集部調べ)。SS(直径42mm)。約100m防水(当時)。参考商品。

 ブランパンの「フィフティ ファゾムス」はダイバーズウォッチの元祖と言われている。誕生したのは1953年。同じ1953年誕生のロレックス「サブマリーナー」と「どちらが先か」というのは、時計好きにとって興味の尽きない話題であるが、正式発表は「フィフティ ファゾムス」が先だったようだ(「サブマリーナー」は1953年にプロトタイプが製作されたが、正規モデルの発表は1954年のバーゼルでのフェアであった)。

「フィフティ ファゾムス」の大きな特徴は、今日のダイバーズウォッチの公式定義となっている、ロック機構付きの回転ベゼルと耐磁性を他に先駆けて採用したこと。優れた視認性を備えていたのも、ダイバーズウォッチに求められる性能や機能を先取りしている。「フィフティ ファゾムス」は、まさしくダイバーズウォッチの原型を創った、歴史的名作なのである。

 またもうひとつ、「フィフティ ファゾムス」の特筆すべき点が、開発にまつわる資料や記録、逸話などが異例なほど豊富かつ詳細に残されていることだ。

フィフティ ファゾムス

フィフティ ファゾムス オートマティック
インナーケースを廃し、チタン製ケースを採用することで、大幅な軽量化を実現した最新現行モデル。ケース素材がチタンに変更されてもフィフティ ファゾムスらしい高級感は維持されたまま、軽量化によって装着感はさらに高められた。自動巻き(Cal.1315)。35石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約120時間。Ti(直径45.00mm、厚さ15.40mm)。300m防水。155万円(税別)。

「フィフティ ファゾムス」の誕生話は、要約すればこうなる。当時のブランパンのCEOであったジャン-ジャック・フィスターは優れたダイバーであり、自身の豊富な経験を基にスキューバダイビング用の腕時計の開発をしていた。ちょうどその頃、フランス海軍特殊潜水部隊を新設したロベール・“ボブ”・マルビエ大尉とクロード・リフォ中尉は潜水部隊の使用に耐えるダイビングウォッチを探すが、まったく見つからない。その両者が出会い「フィフティ ファゾムス」が生まれたのである。

 そしてそのほかの、例えば、そもそもフィスターがダイバーズウォッチの開発をしようとしたきっかけが、ダイビング中にうっかりタンクの空気を使い切ってしまい、その恐怖の体験から潜水時間の計時の大切さを改めて痛感したためである、とか。

 フィフティ ファゾムスはフランスではダイビング器具を扱っていたスピロテクニック社が販売。そのスピロテクニック社は古くから海洋学者のジャック=イヴ・クストーと馴染みであり、そんなことからクストーがドキュメンタリー映画『沈黙の世界』で「フィフティ ファゾムス」を使用することになり、それが「フィフティ ファゾムス」が注目されるきっかけになった、とか。

 マルビエ大尉とリフォ中尉のブランパンへの依頼が、黒いダイアルに見やすいよう、大きな数字に加え、コントラストを高めたインデックスや針にすることと、潜水開始をマークできる目盛り付きの回転ベゼルを装備すること、とか。

 フィスターの兄弟のルネがニューヨークでアレン・V・トルネクに出会い、トルネクがアメリカでのブランパンの代理権を獲得。輸入時計にかけられる厳しい関税を逃れるためにアメリカ国内に別会社の「トルネク-レイヴィル」(当時のブランパンの正式な会社名は「レイヴィル-ブランパン」であった)を設立。フィスターとトルネクの粘り強い交渉により「フィフティ ファゾムス」はアメリカ海軍の正式採用になった、とか。

 そんなさまざまな人物や場所、出来事、時には発言までもが、調べれば調べるほど豊富で詳細な情報がどんどんと出てくる。しかも驚くべきは、矛盾や食い違いのような話がまったく出てこないこと。これは本当に異例というべき。時計に限らず、そんなものがあるなんて、とても信じがたい。「フィフティ ファゾムス」にまつわる話は、まるで小説のようによく出来ているのだ。