2013年、オメガ「スピードマスター プロフェッショナル ムーンウォッチ ダークサイド オブ ザ ムーン」が最初に発表されたときの衝撃を覚えている人は少なくないだろう。だが、この前衛的なモデルが、オメガにおける最もタイムレスなデザインとして成功を収めることを予測できた人はごく限られるはずだ。現在、「ダークサイド オブ ザ ムーン」は、「スピードマスター」からの派生コレクションとして確固たるポジションを築き上げたのみならず、多くの画期的なデザインや技術的アイデアを展開するベースとなっている。今回は、2018年に発表された「スピードマスター ダーク サイド オブ ザ ムーン アポロ8号」を実際に着用し、その魅力を探ってみた。
手巻き(Cal.1869)。19石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。セラミックス(直径44.25mm)。5気圧防水。104万円(税別)。
Text by Mark Bernardo
Edit by Yuzo Takeishi
アポロ8号打ち上げ50周年を記念し2018年に発売
2018年は、オメガがブランドを代表するダイバーズウォッチ「シーマスター」に注力した年であり、そうした流れにおいて「ダーク サイド オブ ザ ムーン」が復活したことは特筆に値するものだった。「スピードマスター ダーク サイド オブ ザ ムーン アポロ8号」は、18年に50周年を迎えたアポロ8号の打ち上げを記念して発表されたモデル。そのミッションは1968年に人類史上2度目となるアメリカの有人飛行で、初めて地球の軌道を離れて月の軌道を回り、安全に地球に帰還したことで知られており、翌69年にアポロ11号が達成した人類初の月面着陸、そして、このとき着用されたオメガの「スピードマスター」が「ムーンウォッチ」の愛称を獲得することにもつながった。
さて、今回のモデルはCal.1861にオープンワーク加工を施したCal.1869を搭載する最初のモデルとなる。この時計は筆者にとって、2018年のオメガのラインナップの中でも最も注目した1本だが、2週間の着用期間を経た後で気づいたのは、その特徴的なスケルトン加工が“美しい氷山”の一角に過ぎなかったということだ。
2種類の仕上げが与えられたブラックセラミックス製ケース
まずは外装の話から始めよう。ケースは直径44mm、厚さ13.8mmで、素材は漆黒の酸化ジルコニウムセラミックスを採用。ポリッシュ仕上げのセラミックベゼルにはタキメーターが備わり、ホワイトのスケールにイエローで「TACHYMÈTRE」の文字が記されている。このハイライトカラーとスピードに関連した機能はダイアルとストラップにも確認できるが、これは1968年の「スピードマスター レーシング」に連なる特徴のひとつ。なぜなら宇宙飛行のミッションに加わるずっと以前、そもそも「スピードマスター」は、レースウォッチとして開発された時計だったからだ。
ケースはポリッシュとサテンを組み合わせて仕上げられており、優雅なカーブを描きながらファセットが施されたラグへと続いている(ただし、他のセラミックケースと同様、指紋は付きやすいのだが……)。ピストン形状のプッシュボタンはポリッシュ仕上げのブラックで、快適に操作できるようトップに丸みを持たせている。クロノグラフのスタート/ストップは2時位置のプッシュボタンで行うが、4時位置のプッシュボタンでイエローのクロノグラフ針を帰零させるにはやや強く押し込む必要がある。また、それらの間には操作しやすいように刻みを設けたポリッシュ仕上げのリュウズが備わり、その側面にはオメガのマークが刻印されている。なお、このリュウズは非ねじ込み式である。
スピードマスター レーシングを想起させるミニッツスケール
次にダイアルを見てみると、光沢のあるセンターのクロノグラフ針をはじめ、3時と6時位置にあるクロノグラフカウンターの針、そしてアプライドインデックスの先端がいずれもイエローで統一されていることが分かる。一方、9時位置のスモールセコンドの針はホワイトのバーニッシュ仕上げが施され、時分針とアワーインデックス、ベゼルのタキメータースケールにはホワイトのスーパールミノバが塗布されている。インデックスの間に見られるブラックのリングにはミニッツスケールを配しており、これは「スピードマスター レーシング」を想起させるディテールである。
わずかにすり鉢状になったサブダイアルは、美しいオープンワークが施されたムーブメントに重なるように配されており、それはあたかも月の周りに浮かぶ衛星のようである。地板とブリッジはレーザー加工によって月面を立体的に表現。しかもダイアル側ではライトグレーでこの処理を施しており、地球から見える月面と同じような色合いになっている。反対に、シースルーバックから望めるパーツにはダークグレーが採用されており、これは、宇宙飛行士だけが見られ、モデル名の由来ともなった「ダークサイド」を表現。当然、こうした月面のディテールは、ルーペで鑑賞することでさらなる魅力を感じ取れる。
こうしたディテールがまとまったことで視認性は良好。ホワイトのインデックスとイエローのクロノグラフ針は、どのような光の下でも判読しやすくなっているのだ。また、9時位置のスモールセコンドも分かりやすく、ユーザーは一目で針が動いているかどうかを確認できる。これは手巻きの時計における重要なポイントだ。しかし、時分針は相対的に細く、時にダイアルの他の要素に埋もれてしまうことがあったのはやや意外だった。せめて時分針はインデックスと同じくらいの幅があってもいいのではないかとも思う。つまり、他のクロノグラフウォッチと同様、このモデルも時刻表示よりストップウォッチに比重を置いて設計されたということであろう。タキメータースケールに蓄光処理が施され、暗闇でも時間計測が行えるという事実が、それを証明している。