ウォッチジャーナリスト渋谷ヤスヒトの役に立つ!? 時計業界雑談通信
2020年2月11日、LVMHグループのブルガリが、新型コロナウイルスの影響を考慮してバーゼルワールド出展辞退を表明。ますます空洞化の懸念が深まった「バーゼルワールド2020」。だが同日、時計愛好家にとって見逃せない魅力的な発表もあった。オークションハウスであるフィリップスの出展だ。
「バーゼルワールド2020」にオークションハウスのフィリップスが初出展
2020年2月11日、時計コレクターの世界で最も注目されるオークションハウス「フィリップス」が、「バーゼルワールド2020」に初めて出展すると発表された。フィリップスがバーゼルワールド直後の5月9日および10日にジュネーブで開催するオークション「ザ・ジュネーブ・ウォッチ・オークション:イレブン」に出品する珠玉の名品時計や、世界的な時計コレクターの協力を仰いだプライベートコレクションを、バーゼルワールドのメインホールである「ホール1」に設けたブースで展示するというのだ。
つまり時計愛好家ならばひと目でも見たい、世界最高峰の時計オークション注目の出展品、さらにコレクターが所有する門外不出の傑作時計が、バーゼルワールドで発表される新作時計と一緒に観賞できることになる。
これが実現すれば、100年を超える歴史を持つこの時計フェアでも初の画期的なことだ。バーゼルワールドは従来通り、時計バイヤーやジャーナリストにとってより魅力的なイベントになると同時に、時計コレクター、愛好家にとってもぜひとも訪れたい、唯一無二の見逃せないイベントになるかもしれない。
時計に強いオークションハウスとして急成長を見せるフィリップス
世界の時計コレクターの間で、フィリップスのオークションハウスとしての注目度、存在感は、2014年にその時計オークション「ザ・ジュネーブ・ウォッチ・オークション」がスタートしてから高まる一方だ。
絵画や美術品のオークション市場は2000年以降、劇的な成長を遂げている。2000年に業界全体の取引額は約32億ドルだったが2018年には何と約154億8000万ドルと約4.8倍に。この9年間だけで見ても約3.8倍へと急成長した。
ちなみにアート市場の情報を発信する「ArtPrice(アートプライス)」の年次報告書によれば、2018年のオークションハウスの取引額の年間ランキングは、No.1がクリスティーズで約50億円、No.2がサザビーズで約39億円。フィリップスは6億5300万円でNo.4。だが時計分野に関する限り、フィリップスはトップ2を凌ぐ勢いで、世界の時計コレクターにとって唯一無二、絶対に目が離せない存在になっている。2018年、ランゲ&ゾーネが、SIHH2017期間中に急逝した創業家4代目でありブランド復活の立役者であるウォルター・ランゲ氏の、世界でたった1本のオマージュモデルのオークションを担当し、大成功させたのもフィリップスだった。ハンマープライスは70万スイスフラン、落札総額で85万2500スイスフラン(71万3627ユーロ、バイヤーズプレミアム込み)、つまり日本円で約9300万円超えという予想以上の高額になった。
そして、2014年以降の時計オークションにおけるフィリップスの驚異的な成功は、世界No.1の時計オークショナー、オーレル・バックス氏とその妻でアンティークウォッチNo.1鑑定士のルビィ・ロッソの会社「バックス&ロッソ」とのパートナーシップ、すなわちフィリップスのシニアアドバイザーを務める彼らの存在なしには不可能だった。
2014年からスタートし、現在まで10回開催された「ザ・ジュネーブ・ウォッチ・オークション」には、それまで市場に出て来なかった、彼らが世界中から発掘し、セレクトしたコレクター垂涎の時計が出品され、世界の時計愛好家たちにとって最高の話題であり続けるイベントになっている。
バーゼルワールドにとって、時計部門で躍進する名門オークションハウスによるオークション出展品とコレクターズピースの展示は、100年を超える歴史の中でも初めての画期的な“事件”だ。
これは、バーゼルワールド復活・再生・発展の大きな力になるだろう。新作時計ばかりでなく、過去の歴史的な傑作にもお目にかかれるとなれば、世界中の時計愛好家やコレクターにとっては見逃せないイベントになることは間違いない。
また、フィリップスにとってもメリットは少なくない。春の「ザ・ジュネーブ・ウォッチ・オークション」の直前のプロモーションを、世界中から集まった時計関係者に対して行う絶好の機会を得ることになるからだ。
https://www.phillips.com/welcome/jp#
このフィリップスの初出展を契機に、バーゼルワールドでも時計オークションやユーズドウォッチ関連の企画やイベントが今後、登場するかもしれない。
フィリップス出展はフェア存続の分岐点となるかもしれない
例年、バーゼルワールド期間中はバーゼル市内でごく小規模だが、アンティークウォッチのマーケットが開催されてきた。だが、フェアの一環となる公式なイベントとして育てていけば、バーゼルワールドをバーゼル市や市民を巻き込んだ開かれたイベントにして盛り上げるという、バーゼルワールドのマネージングディレクターのミシェル・ロリス-メリコフ氏が昨年のクロージング・プレスカンファレンスでぶち上げた「バーゼルワールド2020+(プラス)」の魅力的なプログラムのひとつになるだろう。それは、事務局のフェア存続戦略のひとつでもあるからだ。
このフィリップスの出展は、地盤沈下どころか存続すら危ぶまれてきたバーゼルワールドの存在意義と価値を高める大きなチャンスだ。
その展示を見るために世界中から足を運ぶ時計愛好家も視野に入れ、彼らを納得させるホスピタリティーを整えて、バーゼルワールドが時計愛好家なら毎年必ず行きたくなるイベントになることを祈りたい。
渋谷ヤスヒト/しぶややすひと
モノ情報誌の編集者として1995年からジュネーブ&バーゼル取材を開始。編集者兼ライターとして駆け回り、その回数は気が付くと25回。スマートウォッチはもちろん、時計以外のあらゆるモノやコトも企画・取材・編集・執筆中。