広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
ジンの熟成を示すダイバーズクロノ 206.ARKTIS.II
一部の愛好家が好む、ニッチな時計メーカーから、ドイツを代表する時計メーカーへと成長を遂げたジン。時計の55%は相変わらずドイツで売れているが、年産1万4000本という規模は、「ジン特殊時計会社」という名称には似つかわしくないほど大きい。しかし、ビジネスのスタンスは昔と同じだ。
1949年、ドイツ生まれ。ジン特殊時計会社社長。ボッシュなどを経て、IWCに入社。「オーシャン2000」などの開発に携わった後、1994年にヘルムート・ジンから経営権を取得した。以降、エンジニアとして、数多くの傑作やユニークな機構をリリースする。99年には、グラスヒュッテのケースメーカーであるSUGを傘下に収め、メイド・イン・ジャーマニーを強く打ち出すようになった。
「ドイツ国内では一切宣伝をしていませんし、私たちの主な顧客は、時計が好きな方ですね。また私たちが作るのは、実用時計が中心です」。もっとも、規模の拡大に伴い、ジンも変わりつつある。それを象徴するのが、新しい本社兼工場だ。
「事業の拡大に伴い、フランクフルトの本社兼工場を新築しました。今までは土地を借りていたのですが、たまたま7000㎡の土地を見つけたので入手し、2017年に建物を立てました。ですが、建築会社が倒産したので、事実上、設計プランは私たちで作り上げましたよ。結果、3カ月遅れましたがね」
また、ほとんどのモデルがSUG製のケースに変わった結果、時計の質感は大きく向上した。近年のジンが、ハードな時計好き以外にも受け入れられるようになった一因だろう。
「1999年にSUGの株の大半を取得して以降、私たちはケース製造のノウハウを手に入れました。水中でクロノグラフを操作できる、D3システムがその例ですね」。D3システムは、ダイバーズウォッチでは1000m防水のクロノグラフ「U1000」にも使われてきた。しかし、このモデルはカマシマ時計店の限定モデルで終売。対して2019年、ジンはダイバーズクロノの新作「206・ARKTIS・II」にD3システムを加えた。これは、傑作「203・ARKTIS」の純然たる後継機である。見た目は20年前のモデルにほぼ同じだが、時計としての完成度は大きく高まった。
「203の復活を待ち望む声は大きかったのです。そこで、防水性を高めるためにケース径を拡大し、水中でもクロノグラフを使えるD3システムを加えました」
新作の「1800・DAMASZENER」も、やはりSUGの技術から生まれた時計である。「ダマスカス鋼を使った時計は今までにない。では、やってみようと思いました。しかし、ダマスカス鋼は今までで一番高い鋼材だし、製造にもコストがかかりました」。ステンレススティールを積層したダマスカス鋼を使い、ケースは文字盤を含めて一体成形(裏蓋は別部品)なのだから、140万円という価格もやむなしか。
「私は時計よりも、技術に興味があるんです」と語るシュミット。規模が拡大し、時計の質も大きく変わったが、実のところ、ジンは何も変わっていないのである。
203.ARKTISの後継機。30気圧防水、-45℃から+80℃までの温度耐性などは同じだが、水中でもクロノグラフが使えるD3システムが加わったほか、特殊結合により回転ベゼルも外れにくくなっている。なお、プッシュボタンはねじ込み式ではない。自動巻き(Cal.ETA7750)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約46時間。SS(直径43mm)。30気圧防水。59万円。