ウォッチジャーナリスト渋谷ヤスヒトの役に立つ!? 時計業界雑談通信
2020年2月28日金曜日、やはり恐れていた残念な事態が勃発した。
前日の「WATCHES & WONDERS GENEVA(ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ/略称W&WG)、旧称Salon International de la Haute Horlogerie(略称SIHH/通称ジュネーブ・サロン)」のキャンセルに続いて、「BASELWORLD 2020(バーゼルワールド2020)」の中止ではなく“延期”が発表されたのだ。
バーゼルワールド2020が新型コロナウイルスの影響により延期
理由はもちろん新型コロナウイルス問題だ。目下、患者数は少ないもののスイス国内でも残念ながら感染者が増えつつあり、スイス連邦とバーゼル・シュタット州当局はビジネス、プライベートを問わず大規模なイベントの開催を禁止した。しかも今はまだスイス国内は感染初期の段階だ。4月にこうした措置が解除されるとは思えない。会場では3月からフェアに向けた工事を始める予定だった。しかも、ジュネーブで開催予定だったW&WGも中止になった。もはや4月末のバーゼルワールド開催は不可能だろう。
では、W&WGは「中止(cancel)」なのに、バーゼルワールド2020はなぜ「延期(postpone)」なのか。この言葉選びに、ぜひとも開催したいというマネージングディレクター、ミシェル・ロリス-メリコフ氏以下バーゼルワールド事務局の、生まれ変わったフェアを観てもらいたいという強い想いと、密かな自信を感じる。
先日、このコラムでお伝えした名門オークションハウス「フィリップス」の出展はこれまでの時計フェアの歴史に新たな1ページを加える、バーゼルワールドを時計愛好家にとって必見イベントにする画期的な事件だし、独立時計師系ブランドのメインホールでのアトリエ展示や、来場者が時計師を体験できるプログラムも画期的だ。
日本の時計バイヤーの中には「事前に日本で新作がプレゼンテーションされ、オーダーできる体制になっている。だからスイスで開催される時計フェアは必要ない」と断言して憚らない人もいる。だが、「アップルウォッチ」に代表されるスマートウォッチのさらなる普及を経た、10年、20年後の高級時計の将来を考えると、“世界的な時計の祭典”はきっと必要になるはずだ。
正直なところ、バーゼルワールドがここまで「変われる」とは思っていなかったし、期待してもいなかった。しかし、この改革と進化は期待を遥かに超えていた。スウォッチ グループを筆頭に会場を去ったブランドもそのままだし、依然として批判も多いが、ここまで事務局が頑張るとは思わなかった。だから、個人的にはぜひ開催して欲しかったのだ。
ところで、“延期”と発表された新しい日程は2021年1月28日(木)から2月2日(火)。プレスデイは1月27日(水)になる。時計業界関係者はお気づきだろうが、これは2019年の旧SIHHの直後に当たる日程だ。
W&WGの主催者であるFondation de la Haute Horlogerie(高級時計財団/略称FHH)は今年の中止と2021年に向けての準備に入ったとアナウンスしたが、開催日程はまだ発表していない。だが、さらにFHHとバーゼルワールド事務局が開催日程について協議を持っていることを考えると、W&WGがバーゼルワールド2021の前後に連結して開催される可能性はかなり高いと思われる。
そもそも、W&WGもバーゼルワールドも、2020年4月末から5月初旬という連結開催の日程自体が発表当初から不評で、それがセイコーなど、いくつかのブランドの出展中止の大きな理由となった。だが、2021年の日程ならば、ビジネス的にはベストではないにせよ、ベターだろう。
これで今年2020年、スウォッチ グループ主催で3月に開催予定だった「TIME TO MOVE 2020(略称TTM2020)」、そしてスイスの2大時計フェアは想定外の敵、新型コロナウイルス感染症で消えることになってしまった。フェアの中止ばかりでなく、世界の時計業界がこの感染症から受けたダメージは予想以上に大きい。感染者数が多い国々を筆頭に、世界中で時計の販売不振が続いているからだ。
日本国内でも、2019年10月からの消費増税で個人消費が大きく落ち込んでいた上に、株価も大幅に下落し、深刻な販売不振が起きつつある。また、セイコーがグランドセイコー60周年を機に海外の時計ジャーナリストを招待するという「GSサミット」や、日本でイベントやインタビューを予定していた有名時計ブランドのCEOの来日も中止や延期を余儀なくされた。
だが、新型コロナウイルスの感染拡大は必ず収束する。間違いなく、延期されたバーゼルワールドが開催される予定の2021年1月末には終息しているはずだ。
また、世界的に時計の消費が伸び悩み、SNSやウェブが高級時計のプロモーションには必ずしも有効ではないという指摘もあり、時計業界では時計フェアや紙媒体が再評価されつつある。
スイスを代表するふたつのフェアの生まれ変わった姿を楽しみに、来年の開催まで、時計の魅力をひとりでも多くの人に理解してもらえるように、努力を続けたい。
渋谷ヤスヒト/しぶややすひと
モノ情報誌の編集者として1995年からジュネーブ&バーゼル取材を開始。編集者兼ライターとして駆け回り、その回数は気が付くと25回。スマートウォッチはもちろん、時計以外のあらゆるモノやコトも企画・取材・編集・執筆中。