傑出した仕上げが可能にした かつてないケースの造形 オーデマ ピゲ「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ トゥールビヨン・オープンワーク」

2020.03.22

これほど評価が分かれる時計も珍しい。ラウンドケースはコンベンショナルであるべし、というルールを破ってリリースされた「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」は、1950年代風の文字盤に、ロイヤル オークを思わせる立体的なケースを合わせた、かつてない時計だった。しかし、この時計の成り立ちに目を向けると、実のところ、オーデマ ピゲが培ってきた「コード」に忠実であることが分かる。

奥山栄一:写真 Photographs by Eiichi Okuyama
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)

確信犯として予想を裏切るオーデマ ピゲの「コード」

 2019年発表のオーデマ ピゲ「CODE11.59 バイ オーデマピゲ(以下CODE11.59)」ほど、時計愛好家たちの議論を呼んだモデルはないだろう。魅力的という評価もあれば、野心的過ぎるという意見もあり、デビューから半年以上経った今なお、賛否は分かれている。

CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ トゥールビヨン・オープンワーク

 かくいう筆者は、SIHHの直前に本社のあるル・ブラッシュで開催されたお披露目に呼ばれ、いち早く見る機会を得た。当初の印象はかなり風変わりな時計だったが、魅せられてしまったことを自白する。

 ケースのエッジを強調したのは「ロイヤル オーク」に同じであり、強い筋目仕上げも同様である。角張った見た目にもかかわらず、肌当たりがソフトなのもジュウ渓谷の老舗ならではの美点だ。しかし、この時計の魅力は、仕上げに限らない。

 ジェラルド・ジェンタが手掛けた初代ロイヤル オークは、ケース厚10㎜を切る薄型時計にもかかわらず、〝らしからぬ〞立体感で、人々の想像を裏切ってみせた。1993年発表のロイヤル オーク オフショアも、予想外のケースの厚みとサイズ、重さで、やはり人々の予想を裏切ってみせた。

 CODE11.59が目指したのも、つまりは同じである。最近は変わりつつあるが、ラウンドケースの側面は平たく仕上げるのが定石とされてきた。コインエッジを刻んだブレゲを例外として、丸いケースの時計はスリークな側面を持つことが期待されたし、各メーカーもそのルールに従ってきた。

 今回オーデマ ピゲは、CODE11.59のラグを大きく抜いただけでなく、ミドルケースにも八角形の造形を与えたのである。ケースのプロファイル、つまり側面を立体的に仕立てる手法は、スポーツウォッチでこそ当たり前だが、ビジネス、またはドレスウォッチでは稀であり、オーデマ ピゲの価格帯ではなおさらだった。だからこそ、オーデマ ピゲの試みは、時計愛好家たちに賛否を巻き起こすことになったのである。

CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ トゥールビヨン・オープンワーク

 もっとも、デザインだけならこれほどのインパクトを与えられなかっただろう。初代ロイヤル オークが、多数のフォロワーから隔絶した存在であり続けるのは、優れた仕上げが、ややもすると間延び感を与えかねないデザインを補完したためだ。今や定番となった「ミレネリー」も同様である。異形な楕円ケースが見る者に違和感を与えないのは、オーデマ ピゲらしい仕上げが、空白を感じさせないためだった。同社は自ら築き上げた方法論に絶対的な自信を持っていたに違いなく、2019年は、その組み合わせを、ポピュラーなラウンドケースに転用したわけだ。

 新しく加わった「CODE11.59 バイ オーデマ ピゲ・トゥールビヨン・オープンワーク」は、ユニークなデザインと、それを支える仕上げがいっそう強調されている。ムーブメントの地板と受けを大胆に抜くのは、最近のスケルトンウォッチに共通する。しかし、エッジに目を凝らすと、あくまでも古典的な手作業で仕上げられているのが分かる。ダイヤモンドカットを用いると面取りは「入り角」と「出角」が消えてしまう。そこでオーデマ ピゲは、手仕上げを採用することで、エッジの立った今風の意匠を得たのである。パラドキシカルな手法だが、実のところ、これこそがオーデマ ピゲのデザイン「コード」ではなかったか。

 相変わらず、時計愛好家たちの見解が割れるCODE11.59。しかし筆者は、その発表時にオーデマ ピゲの関係者がこう漏らしたことを覚えている。

「賛否両論あるのは承知の上。初代ロイヤル オークだって、発表時に歓迎した人はいませんでしたよ」

 風変わりと思いきや、CODE11.59 バイ オーデマ ピゲ・トゥールビヨン・オープンワークは、長年かけて培ってきたオーデマ ピゲのコードを忠実にトレースしたモデルである。当初、消費者に歓迎されなかったロイヤル オークが傑作になったことを思えば、このモデルも間違いなくそうなるに違いない。

CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ トゥールビヨン・オープンワーク

オーデマ ピゲ/CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ トゥールビヨン・オープンワーク
文字盤を廃し、地板と受けを大胆にスケルトナイズしたトゥールビヨン搭載モデル。面取りの入り角と出角に注目。機械で施したような精密さを誇るが、すべて手作業による。ケース厚は10.7mmしかないが、立体的な造形はそれを感じさせない存在感を放つ。オーデマ ピゲらしいユニークなデザイン手法の際立った時計だ。手巻き(Cal.2948)。19石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約80時間。18KPG(直径41mm、厚さ10.7mm)。時価。


Contact info: オーデマ ピゲ ジャパン ☎03-6830-0000