1904年に試作機が製作されたとされるサントス リストウォッチ。以来、100年以上を経て、今やサントスはカルティエの主要なアイコンモデルとして広く知られる人気モデルとなった。20世紀最初頭に誕生したサントスは、間違いなくリストウォッチの嚆矢である。“腕時計の歴史”そのものとほぼ軌を一にするその長い歴史の中で、サントスはなぜこれほどまでに時計愛好家たちを魅了し続けることができるのだろうか?その秘密を、サントスとの出合いから時計愛好家となり、今やカルティエを中心に執筆活動を展開するジャーナリストでもあるジョージ・クラマー氏と、本誌編集長の広田雅将が解き明かす。
初代サントスのクラシカルな意匠を受け継ぎつつも、初代よりも太く、立体感を増したベゼルに加え、ツヤを抑えたアリゲーターストラップにステッチを入れることでスポーティーな印象を高めた2019年発表モデル。約6年という長寿命の電池を採用することで実用性と薄さを両立し、初代サントスのドレッシーさも併せ持つ。LMモデル。クォーツ。SS×18KPG(縦43.5×横31.4mm、厚さ7.3mm)。3気圧防水。57万円。
ジョージ・クラマー、広田雅将(本誌)、鈴木幸也(本誌):取材・文
Text by George Cramer, Masayuki Hirota (Chronos-Japan),
Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
なぜ「サントス」は常に〝新しい〟のか?
1949年、オランダ生まれ。高校卒業後、グラフィックデザインとビジュアルアートを学んだ後、オランダのポリグラムレコードに就職し、アルバムのジャケットデザインを担当。時計への興味は当時、カルティエ「サントス」を購入したことに端を発する。以降、カルティエをフォローし続け、あらゆる情報を吸収。1990年代にはウェブサイト上のカルティエ フォーラムのモデレーターを務める。カルティエが新型ムーブメントや複雑時計の開発に注力していた2008~18年に、カルティエがセレクトした世界の100人のジャーナリストに選抜され、情報収集や工房取材を積極的に展開。同時にカルティエに特化したウェブサイト「troisanneaux.com」を共同で立ち上げ、カルティエに関する多岐にわたる情報を提供している。2019年8月にはカルティエのコレクションをスタイリッシュに表現した「Cartier ‒ The Gentlemanʼs Files」を上梓。
広田雅将(以下MH):クラマーさんは、カルティエのコレクターとして著名ですね。それが高じて、記事も書かれるようになった。そもそも、カルティエを集めるようになったきっかけは何だったんですか?
ジョージ・クラマー(以下GC):1980年頃、レコードレーベル「ポリグラム」のグラフィックデザイナーとして働いていました。アルバムジャケットをデザインする仕事で、後にクラシックのすべてのCDのジャケットを手掛けました。カメラは最初のアイデアを可視化するためのメインツールで、正方形のフィルムフォーマットのハッセルブラッドを愛用していました。私が制作していたレコードジャケットは正方形だったため、これを使って作業するのは都合が良かったのです。
MH:もともとファッションの方だったんですね?
GC:当時、ファッションでも広告でもデザイン業界でとても人気のあった持つべき時計がありました。それが1978年に発売されたカルティエ「サントス」です。時計の見方を一変させたのは、ある出来事が大きなきっかけだったと覚えています。78年10月、カルティエがパリのル・ブルジェ航空宇宙博物館で、ブレスレットの付いた初のステンレススティール製の腕時計で、光沢のあるゴールドをアクセントにあしらったモデルを発表したことです。それはサントスと呼ばれていました。
その時計は初期のサントス デュモンに似ているように見えましたが、日常的に使いやすい本格的なスポーツウォッチに仕上がっていました。これはカルティエが製作した最初のスティールウォッチで、ル・ブルジェ航空宇宙博物館は、その発表の場に最適でした。アルベルト・サントス= デュモンの飛行機「ドゥモワゼル号」がここに展示してあるからです。ガラパーティーは当時としてはとりわけ盛大なものでした。
私にとって、これは理想的な腕時計でした。正方形のフォルムは一風変わっていて、私の人生で重要な意味を持つレコードジャケットの正方形と見事に一致したからです。さらに、この時計にはスタイルがあり、ファッショナブルで、私の日常の装いの一部となりました。ステンレススティールにゴールドをあしらったコンビネーションモデルが持つべきモデルでしたが、私はオールスティールバージョンを買いました。
1974年、大阪府生まれ。会社員を経て現在、「クロノス日本版」の編集長兼時計ジャーナリスト。これまで1000本以上の時計を手に入れては手放すことを繰り返して時計を見る目を陶冶し、同時に、2005年以降、スイス・ジュネーブとバーゼルで開催される時計フェアを定点観測し続けることで、時計への知見を広め、培ってきた。国内外のウォッチアワードの審査員も務める。英国時計学会会員。
MH:それからずっとサントスをお持ちなんですか?
GC:ええ。私にとってカルティエのサントスはコレクションの中で最も重要な時計です。これは最高級のものではなく、実際に手にすることができる価格帯の時計ですが、私が一番よく身に着ける時計で、一生ずっと持ち続けるものだと確信しています。
私の最初のサントスはスティールバージョンで、ゴールドとスティールのコンビモデルに交換するまで約3年間持っていました。これは私にとって原点となったモデルで、そのゴールドのベゼルとスクリューは、以前のオールスティールバージョンよりもシックな見た目を持っていました。その後、カルティエが「サントス ドゥ カルティエ ガルベ XL」を発表する2005年まで、この時計を何年も愛用していました。
サントス ドゥ カルティエ ガルベ XLは、単に大きくなっただけではなく、ケースがより曲線的になり、それまで3時または6時の位置にあった日付表示窓が、4時と5時の間に移った結果、文字盤はさらにバランスの取れた印象になりました。これは大きな改良と言えるでしょう。私は今もこのモデルを着けています。
MH:サントスは、なぜこれほどまでにクラマーさんを魅了したんでしょうか?
GC:サントスというモデルは、実際には1904年にデザインされたオリジナルを現代的に解釈したものですね。そしてカルティエは常にこのモデルを改良し続けているため、サントスはカルティエのコレクションで何年にもわたって進化し続ける唯一の時計なのです。もう少し小ぶりなモデルのときもあれば、もっとスポーティーなモデルのときもありますが、常に典型的なサントスの特徴を備えているんですね。
MH:変わり続けるけれど、本質は変わらないということですね?
GC:少し歴史をひもといてみましょう。カルティエは、決してその栄誉に安住することなく、1987年には「サントス ドゥ カルティエ ガルベ」と呼ばれるコレクションの導入で、サントスのケースを劇的に変えました。曲線的なケースと新しいブレスレットは、サントスの外観を滑らかで流れるようなラインにするだけでなく、手首へのフィット感も大幅に改善しました。
2004年は、サントスというコレクションが100歳の誕生日を迎え、カルティエがその機を逃さず新コレクションを発表した重要な年だったと思います。大ぶりな腕時計というトレンドは他ブランドではすでに織り込まれていましたが、カルティエでは想定されていませんでした。ですから、「サントス 100」という非常に大きなステンレススティール製の腕時計を04年にカルティエが導入したときの驚きは注目すべきものでした。サイズを大きくしたことで、カルティエをそれまで一度も見たことのない、まったく新しい層を惹きつけることができたのです。サントス100は大成功を収めたと言っても過言ではありません。
ひと回り小さなMMサイズ。ケースの厚さもLMサイズの9.08mmに対し、MMサイズでは日付表示を省いたこともあり、8.83mmまで薄くされた。ブレスレットも利便性を高め、工具なしで交換可能なインターチェンジャブル式を採用し、工具を使わずにコマ調整可能なスマートリンクブレスレットを備える。自動巻き(Cal.1847 MC)。23 石。2 万8800 振動/時。パワーリザーブ約40時間。SS(縦41.9×横35.1mm)。10気圧防水。66万円。
2018年に刷新された「サントス ドゥ カルティエ」。ベゼルを12時および6時方向に拡大し、ブレスレットとの一体感を高め、よりスポーティーな印象を強調。搭載する自社製ムーブメントCal.1847 MCの脱進機をシリコン製に変更することで1200ガウスという高耐磁性能をもたらした。自動巻き(Cal.1847MC)。23石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。SS×18KYG(縦47.5×横39.8mm)。10気圧防水。109万2000円。
MH:サントスというコレクション名こそ同じですが、時代の要請を受けて、年々変わってきたというわけですね。
GC:サントスは、長年にわたっていくつかのデザイン的な変遷を経てきました。最初はゴールドあるいはプラチナケースの小ぶりで非常にフラットな時計でした。当初はサントス デュモンと呼ばれていましたが、これが「サントス」として生まれ変わり、18Kゴールドのディテールが施され、自動巻きムーブメントを搭載したステンレススティールケースで販売されると、1970年代のアイコンになりました。当時、これはカルティエのベストセラーでした。2007〜08年頃、腕時計のマーケットがより高級な時計を求めるようになると、カルティエは非常に複雑な時計をサントスに加えました。その中に、スケルトン仕様のムーブメントを搭載したサントスと、ミステリーダイアルを採用したムーブメントの2モデルがあったのです。いずれも素晴らしいダイアルでしたが、重要なのは正方形のベゼルと太いスクリューというサントスの典型的なスタイルを持つコレクションだったということですね。
MH:サントスが経てきた〝メタモルフォーゼ〞ということですね。変わったというと、18年のサントス ドゥ カルティエはいっそう進化しましたね?
GC:2018年春、カルティエは思い切った手法でモデルを刷新し、「サントス ドゥ カルティエ」を発表しました。新しいサントスは、自社製ムーブメントを搭載していましたが、最も重要で非常にスマートな変更とは、交換可能なブレスレットの導入だったと思っています。これは専用工具を使わずに金属製のブレスレットを外して、付属のデプロワイヤントバックル付きのレザーストラップに交換できるのです。この作業にはほんの数分しかかからないのに、時計の外観が一変します。例えば、褐色のカーフレザーストラップはとてもスポーティーな印象を与えますね。
初代サントスの意匠を踏襲して2019年に発表された「サントス デュモン」。新規開発されたクォーツムーブメン
トを搭載することで、7.3mmという非常に薄いケースを実現。ドレスウォッチとしても十分な薄さを持つが、初
代サントスよりも幅が広く、立体的に成形されたベゼルの存在感と、ツヤを消したステッチ入りのストレートタ
イプのストラップがスポーティーな印象与える。約6年という長寿命の電池を内蔵しているため利便性も高い。(左)LMサイズ。クォーツ。18KPG(縦43.5×横31.4 mm、厚さ7.3 mm)。3気圧防水。126万円。(右)SMサイズ。小ぶりになった分、視認性を高めるためだろうか、インデックスがLMサイズよりも若干太くされているのが見て取れる。クォーツ。SS(縦38×横27.5 mm、厚さ7.3 mm)。3気圧防水。37万円。
MH:外観も大きく変わりましたね?
GC:外観という点では、新しいサントス自体も以前のモデルと比較して変わりましたね。ルイ・カルティエが1904年にデザインした正方形のベゼルによって、サントスは舷窓のような外観になりましたが、18年に刷新されたモデルは12時と6時方向にベゼルが伸長してラグの間にまで傾斜して続いているのです。もちろん、この大幅な変更の背後にあるのはブレスレットとの統一感を高めるというアイデアであり、確かにそれは実現されているのですが、見た目の好みは分かれるでしょう。ちなみに私にとって、この新しいサントス ドゥ カルティエは、日常のオフィスワークからシックなディナーパーティー、そしてスポーツやアウトドアアクティビティーから旅行まで、あらゆる場面に対応できる最初のサントスになりました。
昨年発表された「サントス デュモン」に、待望のメカニカルムーブメント搭載モデルが登場した。ピアジェが誇る厚さわずか2.1mmの極薄型手巻きキャリバー430PをベースとしたCal.430 MCを採用することでケース厚7.5mmという薄さをかなえた。これはクォーツムーブメントを搭載した昨年のサントス デュモンより、わずか0.2mm厚くなったに過ぎない。手巻き(Cal.430 MC、ムーブメント直径20.50mm、厚さ2.15mm)。18石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約38時間。SS(縦46.6×横33.9mm、厚さ7.5mm)。3気圧防水。予価57万5000円(今夏発売予定)。
MH:クラマーさんにとって、サントスとは何でしょうか?
GC:長年にわたってカルティエは素晴らしいコレクションをリリースしてきましたが、私は最初に購入した時計、つまりサントスを最も身に着けています。より現代的なバージョンであっても、結局のところ、サントスとはサントスなんですね。
MH:サントスには、そういう魅力があるということですね。
GC:もうひとつ加えたいことがあります。2020年発表のピアジェベースの薄型手巻きムーブメントを搭載した新作は、スティール製のケースを持つため、最終的により多くのユーザーに利用可能になりました。「ラ・メゾン」は、最も象徴的な時計を発売するという完璧な決断を下したのです!