Q:時計業界に使われるステンレススティールにはどんな種類がありますか?
A: 現在、時計業界で使われるステンレススティール(SS)は大きく3種類に分かれます。304、316、そして904というものです。規格はいくつかありますが、時計業界ではアメリカ鉄鋼協会が定めたAISI規格が一般的に広く使われており、304や316という名称はAISIに従っています。なおAISIはJISが定めたSUS規格にほぼ同じで、AISI 304はSUS 304と同じと考えて良いでしょう。
またケースメーカーに納入する材料メーカーも数が限られています。ケースの材料として他の素材がどんどん新規で採用されているのに、なぜ時計のSSケースはこの3種類に限られてしまうのでしょう?
時計用のケースには磨きをかけることが多いというのが理由のひとつです。産業用のSSは介在物(ゴミ)が多いため、磨くと表面に介在物が見えることがあるのです。そのため時計メーカーは、基本的に介在物の少ない特別なSSを使います。磨いたときの質を保証できないため、性能の良いSSが時計業界に普及しにくいのです。
時計業界に限らず、広く工業製品に用いられているのが304です。製造量は全SSにおける生産量の60%を超えています。この素材のニッケル含有量を高め、そこにモリブデンを加えたのが316となります。特徴は304から耐食性(錆びにくさ)を改善したこと。この素材をさらに改良したのが、高級時計によく使われる316L(Lはローカーボンの意味)となります。基本的な特徴は同じですが、長期間使った際、表面に凹凸ができにくいとされています。
この316Lの性能をさらに高めたのが、904LというSSです。316Lとの大きな違いは、クロム、モリブデン、ニッケルの含有量をさらに高めたこと。非常に耐食性が高い半面、加工は難しいとされています。現在904Lを採用するのはロレックス、NHウォッチのSSモデルすべてと、ジン、ボールウォッチ、ジラール・ペルゴの一部モデルです。
また、近年はこれら以外のSSを採用する試みもあります。代表例としては、チャペックの「XOスティール」、ショパールの「ルーセント スティール」、セイコーの「エバーブリリアントスチール」、ジンの「Uボート・スチール」などがあります。ジンのみは素材が明らかになっており、AISI規格ではXM 19というステンレスに該当します。