H.モーザーは定評のあるミニマルな意匠を、複雑機構のひとつであるクロノグラフで実現した新コレクションで2020年をスタートさせた。それが「ストリームライナー・フライバック クロノグラフ オートマティック」である。センター表示にすべての機能を集約させた自動巻きクロノグラフで、業界に新境地を切り拓く画期的なモデルだ。
Text by Mark Bernardo
Edit by Yuzo Takeishi
高速鉄道「ストリームライン」に着想を得たデザイン
開発に5年を要したというこのモデルの名称は、1920年代から1930年代に登場した高速鉄道「ストリームライナー」に由来。この鉄道は空気力学に基づいた曲線が特徴となっており、流麗なラインでブレスレットと一体化したケースデザインを見れば、「ストリームライナー」から影響を受けていることが分かるだろう。
このようなスタイルを持つラグジュアリースポーツ・ウォッチは、パテック フィリップの「ノーチラス」やオーデマ ピゲの「ロイヤル オーク」がよく知られるところだが、近年はこのジャンルに多くのブランドが参入。2019年だけでもショパールの「アルパイン イーグル」やベル&ロスの「BR05」、A.ランゲ&ゾーネの「オデュッセウス」といったモデルが登場している。そのなかでもH.モーザーは、複雑機構においてもシンプルな外観というデザインコードを踏襲。過去に受賞歴のあるパーペチュアルカレンダーがそうであったように、ストップウォッチをサブダイアルではなく、メインダイアルに表示したのである。
クッション型のステンレススティール製ケースは直径42.3mm、厚さ14.2mmで、ユーザーが水中でクロノグラフを使用するのに十分な120mの防水性を備えている。ケースの4時位置にはモーザーの頭文字である「M」を刻印したリュウズ、10時位置と2時位置にはプッシュボタンをそれぞれ配置しており、それはクラシックなストップウォッチに見られる、通称“ブルズヘッド(雄牛の頭)”のデザインを想起させる。ドーム状のサファイアクリスタルをサンレイ仕上げのベゼルが取り囲み、ケースは有機的なカーブを描きながらリンク部分を美しくポリッシュしたサテン仕上げのブレスレットに流れ込んでいる。
アンスラサイトカラーのダイアルは、H.モーザーの特徴でもあるフュメのグラデーション効果によって強調されているのみならず、グリフェと呼ばれる垂直方向の筋目模様を施している。そのダイアル外周にはホワイトとレッドで構成されたミニッツトラックを配し、外側が経過した分、内側が経過した秒を示すようになっている。12時位置には「12」ではなく「60」が表記されているが、これは1960〜70年代のストップウォッチを想起させる意匠であり、またセンターに表示を集約したこのモデルのアプローチからは、単にクロノグラフを備えた時計ではなく、時刻を表示するクロノグラフである点を強調していることが分かる。
先端が細くしたクロノグラフ針と、レッドの秒針、ロジウムメッキを施した分針によって計測時間は正確に読み取れるようになっている。これは車のダッシュボードに搭載された計器に近い仕様といえるだろう。一方、通常の時刻表示を行う時分針には蓄光塗料グロボライトを配合したセラミック化合物を塗布。グロボライトはスーパールミノバを配合した、形も色も思いのままに表現できる素材で、時計の針では初めての採用となった。
H.モーザーによれば「ストリームライナー・フライバック クロノグラフ オートマティック」は、全く新しいコレクションとして位置づけられ、したがって新たなムーブメントを搭載しているという。新キャリバーHMC 902はH.モーザーとAGENHOR(アジェノー)の共同チームで開発され、ミニマルな構造と突出した機能性を目指して作られた。シースルーバックから鑑賞できるムーブメントは434個のパーツによって構成。それは一見、手巻きのように見えるが、実は自動巻き。双方向に巻き上げのタングステンローターは、ムーブメントと文字盤の間という珍しい位置に配置されており、これによりコラムホイールをはじめとする構造全体が一望できるようになっているのだ。
また、レトログラードの原理を採用し、スネイルカムによって蓄積したエネルギーで分針を瞬時にジャンプさせることにより高い精度を実現。また、垂直クラッチには細かい歯が付いたフリクションホイールを備えており、歯車のかみ合いを防ぎ、クロノグラフを稼働させたときの偶発的な針飛びを最小限に抑えている。このキャリバーHMC 902はデュアル・バレルを採用し、約54時間のパワーリザーブを実現している。
この革新的な「ストリームライナー・フライバック クロノグラフ オートマティック」は世界限定100本で販売。価格は480万円となっている。