さようなら、バーゼル。改めて、こんにちは、ジュネーブ。

ウォッチジャーナリスト渋谷ヤスヒトの役に立つ!? 時計業界雑談通信

2020年4月14日に突如、FHH(Fondation de la Haute Horlogerie、高級時計財団)の公式声明で発表された、ロレックス、パテック フィリップ、シャネル、ショパール、チューダーによるバーゼルワールド離脱およびジュネーブでの新時計フェア開催宣言。そのレターヘッドには5つのビッグブランドのロゴが象徴的に配されていた。

2019年のバーゼルワールドにおいてパテック フィリップの新作を見つめる来場者たち。2021年からはこの光景はジュネーブの展示場「パレクスポ」に移る。
渋谷ヤスヒト:取材・文・写真 Text & Photographs by Yasuhito Shibuya


「バーゼルワールド」が存亡の危機

「まさか!」と、このニュースに衝撃を受けた人も多かっただろう。1917年に「スイス産業見本市」の一部門として、1931年からは「スイス・ウォッチフェア」として1世紀を超える歴史を持ち、第2次世界大戦後の時計ブーム、そして1980年代末から現在まで続いた高級時計ブームのメインステージとして時計業界に君臨した世界最大の時計宝飾フェア「バーゼルワールド」が、存亡の危機に立たされている。

 今回、バーゼルワールドへの不参加を表明したロレックス、パテック フィリップ、シャネル、ショパール、チューダーの5ブランド4社は、2018年のバーゼルワールドを最後にすでに離脱しているスウォッチ グループと共に、同フェアの最も重要な出展ブランドだ。前回の当コラム「2020年は『新作発表なし』と『オンライン販売解禁』の年に!?」でも指摘したように、この主要5ブランドの動向が新生バーゼルワールドの命運を握っていた。彼らがいるからバーゼルワールドの存在意義がある。「まさか彼らがバーゼルワールドを離れるとは」と思っている時計関係者は多いに違いない。

 ただ、時計専門の海外メディアをウォッチしている人なら、ロレックスの重役が務める出展社委員会とバーゼルワールド事務局、そして親会社であるMCHグループが、すでに出展社が支払った2020年の出展料(デポジット)の返還を巡って深刻な対立状態にあったことはご存じだっただろう。

2020年4月14日に5ブランド4社はプレスリリースとFHHの公式ウェブ(左)で離脱を表明した。同日夜、それに対してバーゼルワールドが発信したプレスリリース(右)。

 あくまで筆者の知る限りだが、この問題を4月初頭にいち早く報じたのはシンガポールの時計メディア「SJX」だ。「Baselworld Inches Towards Calamity(バーゼルワールドは大惨事に少しずつ向かっている)」と題して、バーゼルワールド事務局とバーゼルワールドの出展社委員会の代表であるロレックスの重役ヒューバート・デュ・プレシックス氏の間で、中止に追い込まれた今年のフェアの出展料返還をめぐって深刻な対立が起きていること、さらにプレシックス氏がこの件について出展社に対して送ったレターの「これがシンプルでピュアなバーゼルワールドの終わりにならないか危惧している」とのコメントも紹介している。

 さらにイギリスの時計メディア「WatchPro」も、4月9日に公開されたロブ・コーダー氏のコラムでこの深刻な対立を取り上げていた。バーゼルワールド事務局による2021年1月への「フェア延期」とデポジット返還に関するバーゼルワールド事務局とMCHグループの出展社への提案が、MCHグループの弁護士や会計士による法的、財務的な検討を経た、ただし出展社への相談と配慮を欠いた一方的なものであり、このままでは交渉の決裂は決定的という内容だ。もし出展社委員会が返還を巡ってバーゼルワールド事務局と法廷闘争になった場合、敗訴は決定的であること。フェアの存続のためには、バーゼルワールド事務局とMCHグループが「全額返還」という出展社委員会の要求を飲むしかないこと。以上を指摘していた。

2013年、バーゼル出身の建築ユニット「ヘルツォーク&ムーロン」の手で一新されたバーゼルメッセ。この年は改装のため、フェアは5月初旬からと遅い開催であった。今思えばこの改装が大きなターニングポイントであった。バーゼルワールド事務局とMCHグループはこの費用償却のため、出展料をさらに引き上げ、出展社からの不満がくすぶり始めた。