紆余曲折を経て、ようやく2020年の新作が見られるようになった。そこで4月に開催されたウォッチズ&ワンダーズ(W&W)発表の新モデルから、注目したい1本をピックアップして紹介したい。二弾目はジャガー・ルクルトの「マスター・コントロール・デイト」だ。
定番モデルの最新作。よりレトロ調になった外装と、ついに全面改良されたCal.899を搭載する。写真で見る限りで言うと日付窓などのディテールも改善されている。自動巻き(Cal.899AC)。32石。2万8880振動/時。パワーリザーブ約70時間、SS(直径40mm、厚さ8.78mm)。5気圧防水。予価79万6000円(税込)。
2020年度版のマスター・コントロールは、中身が別物
ジャガー・ルクルトの「マスター・コントロール」は、派手さこそないが、通好みのコレクションとして、一部の愛好家に好まれてきた。もっとも、同社には迷いがあったのか、マスター・コントロールの新作はサイズのみを変更した、小改良版に留まっていた。もっとも、サイズのみの手直ししかできなかった理由は想像できる。なにしろ、マスター・コントロールが載せているCal.899系は、基本設計こそ優れていたが、時間合わせをするとすぐ針飛びを起こし、しかもパワーリザーブが約43時間しかなかったのである。同社は傑作970系という自動巻きを持っていたが、これは無類に堅牢な反面、基幹機として用いるにはあまりにも大きく、厚すぎた。後にジャガー・ルクルトの関係者が「設計は良いけど汎用性はなかった」と漏らしたはずである。結果、ル・サンティエの名門は、他社に対して見劣りする自動巻きで戦わざるを得なかった。
2019年、ジャガー・ルクルトはこの899系を全面的に改良し、パワーリザーブを約70時間まで伸ばすことに成功したほか、899系と、その祖先にあたる889系(基本設計は1967年までさかのぼる!)の弱点であった、針飛びの根治に成功したのである。どうやって“ドーピング”したのかは、ジャガー・ルクルトのプレスリリースが示すとおりだ。
ついに弱点を克服した、傑作Cal.899
プレスリリースがによると、主な変更点は以下の通りである。
・シリコン製脱進機の採用。加えて形状がわずかに異なる。理由はエネルギー消費を抑えるため。
・2番車にバネ製のある素材を採用。2019年のインタビューに従うと、弾性のあるLIGA製のはずだ。理由はおそらく、針飛びを解消するため。
・振動する歯車を固定するために、ステンレススティール製のネジを極めて耐久性の高いチタン製のネジに変更。これは意味不明だが、おそらくは耐磁性を強化したのだろう。
・新しいオイルの採用。
・香箱の改良により、強く長い主ゼンマイを採用した。これは最近の流行であり、ブレゲなどが好んで使う手法だ。ただしジャガー・ルクルト曰く、ブレゲなどとは手法が異なるとのこと。
ともあれ、全面的な刷新により、05年発表の899は、薄くて小さいという特徴はそのままに、最新型の自動巻きに比肩するだけの性能を持つに至った。ようやく優れた基幹ムーブメントを持てるようになったジャガー・ルクルトが、マスター・コントロールのてこ入れを考えたのは当然だろう。
新しいマスター・コントロールの魅力は、言わずもがな、新しい899系にある。今年の新製品は触っていないが、昨年の899と同じと考えて話したい。針合わせの感触はジャガー・ルクルトらしく緻密であり、問題の針飛びは完全に解消されていた。また片方向巻き上げにもかかわらず、ローターが小さく薄いため、ETA7750のような大げさな衝撃がないのも好感が持てる。薄型自動巻きとしては、完成形と言っていいのではないか。このムーブメントを載せたマスター・コントロールの商品価値は、以前と比べて大きく上がったと言えるだろう。ムーブメントマニアの筆者としては、これだけで買いである。
もっとも、少ないながらも弱点はある。ひとつはローター音。ローターを保持するため、ジャガー・ルクルトはローターのベアリングをセラミックスに改めた。これは摩耗しない上、抵抗も小さいというメリットを持つが、ローター音が大きくなるという弱点を持っている。ETA2892A2と同程度の音量だが、気になる人は気になるだろう。そしてもうひとつが、相変わらずの素っ気ない仕上げだ。一部のネジは青焼きになったが、面取りは相変わらずのツヤ消しである。面取りをダイヤモンドカットに変えるだけで、見栄えはずいぶんするのではないか。もっとも、同社の名誉のために言うとジャガー・ルクルトは見えないところよりも、見えるところにコストを使いたがる会社ではある。それは、穴石の形状を見れば明らかだ。
小ぶりなロゴに見る、ジャガー・ルクルトの姿勢
新作のデザインもやはり、明らかに1940年代から50年代の時計をモチーフにしている。アラビアとバーを混在させたインデックスやドットの夜光は、この時代に特徴的なディテールであり、加えて本作では文字盤のボンベを強調し、ベゼルを細くすることで、いっそうアンティーク感を強めている。頭を円柱状に成型したリュウズ(以前は円錐状だった)も、やはりレトロなディテールだ。
ただこの時計でいっそう見るべきは、ジャガー・ルクルトらしからぬ凝ったディテールではないか。例えば日付窓。「額縁」がきちんと成型されるようになったほか、周囲の飾り枠も細身に仕立てられた。同社が日付窓の処理に無頓着であったことを考えると、これは劇的な進化だろう。また、「JAEGER - LECOUTRE」のロゴが小さくなった結果、品の良さは 一層強調されている。各社がむやみにロゴを大きくする中、あえて逆の路線を選んだジャガー・ルクルトの姿勢には好感が持てる。
直径40mm、そして8.78mmという厚さは、今のビジネスウォッチとしては理想型に近いプロポーションだ。強いて言うと薄すぎるのは気になるが、おそらくはそれが理由で、ムーブメントの一部ネジは磁気帯びしないチタンに変わったのだろう。また、写真で見る限り、ケースの仕上げは良好であり、以前のマスターで気になった見返しの幅も上手く処理されているように感じる。
筆者はまだ、この時計の写真しか見ていないが、現時点での評価を言うと、文句なしで◎である。今、こういう薄くて高い基礎体力を持つ時計を作れるのは、ジャガー・ルクルト(と強いて言うとオメガ)ぐらいしかないだろうし、同社がこの路線に回帰したことを素直に喜びたい。しかも、性能を考えると価格は控えめだ。実見後のインプレッションは、ウェブ、もしくは本誌で改めて取り上げる予定である。
※某氏にコメントをいただいて、改めて気づいた。本作のストラップは、ステッチを内側に寄せた1940年代風の仕立てを持っている。こんな細やかな配慮は、かつてのジャガー・ルクルトにはなかったように思う。