2020年のカルティエは、おなじみ「パシャ ドゥ カルティエ」(以下パシャ)をリニューアル。加えて「サントス デュモン」にエクステンションを加えた。Cal.430MC入りの手巻きサントスは実に魅力的だが、まず取り上げたいのは、永遠の定番と言うべきパシャである。理由は簡単で、筆者が隠れパシャファンだからだ。
2020年の「パシャ ドゥ カルティエ」には、ケース径41mmサイズのものと、35mmサイズの2種類がある。これは小ぶりな35mm。大きな違いは日付表示がないこと。また、リュウズガードを抑えるプレートの内側に「LC」の刻印がない。なおカルティエは公表していないが、最大1200ガウスの耐磁性能を持っている。自動巻き(Cal.1847MC)。23石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。100m防水。SS(直径35mm 、厚さ 9.37mm)。予価65万5000円(税別)。2020年9月発売予定。なお、サイズの大きな41mmモデルはSS(直径41mm、厚さ9.55mm)。予価71万円(税別)。詳細なスペックは本記事下のリンクを参照のこと。
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
カルティエ「パシャ ドゥ カルティエ」
カルティエの記述に従うならば、パシャのそもそもの成り立ちは、1943年にマラケシュの太守に納めた防水時計だった。彼の「自宅のプールで泳ぐ際も使える時計が欲しい」という依頼により、カルティエはラウンドケースの防水時計を作り上げたそうだ。86年、カルティエはこのデザインをリバイバルし、「パシャ ドゥ カルティエ 38mm」(以降パシャ 38mm)「パシャ ドゥ カルティエ 35mm」(以降パシャ 35mm)としてリリースした。なお、パシャの復活に際してジェラルド・ジェンタがリデザインを手掛けたという噂は間違いである。
以降、パシャ・コレクションは大ヒットを遂げ、カルティエの屋台骨を支えるようになった。そんなパシャで個人的な好みを上げると、パシャ 35mmと、ムーブメントだけ言えばジャガー・ルクルトのCal.8000系(後にCal.1904MCのベースになった)を載せた「パシャ ドゥ カルティエ 42mm」になるだろうか。パシャ 38mmはフレデリック・ピゲのCal.1150やメカクォーツのCal.1270系などを載せた玄人好みの時計だったが、筆者の腕には大きかった。
もっとも、筆者のような「オタク好み」のモデルが売れるとは限らない。パシャ 35mmはパシャ 38mm譲りの凝ったブレスレットをやめ、95年には量産型の「パシャ C」となった。また、パシャの高級版としてリリースされた42mmはあまり数が出なかったようだ。パシャの売れ線はパシャ Cに集中し、事実カルティエはこのコレクションを、2015年から16年頃までラインナップに留めていた。
ブレスレットも含めて外装は先代モデルから大幅に改良
2020年、カルティエはそんなパシャをリバイバルさせた。ケースサイズは35mmと41mmで、ムーブメントは自社製のCal.1847MC。ケースはSSもしくは18KYGとPGの3種類である。手に取った印象を言うと、新しいパシャは、傑作パシャ 35mmとパシャ 38mmのまさしく上位互換である。
特筆すべきは、「サントス ドゥ カルティエ」に同じ「スマートリンク」ブレスレットで、サイズ調整が容易な上、左右の遊びも適切である。新作のブレスレットは、パシャ 35mm、38mmを超えて、パシャ史上もっとも優れたブレスレットと言ってよい。パシャ Cの「硬い」ブレスレットに悩んでいた人は、試す価値がある。
自社製ムーブメントの開発に合わせて、カルティエは外装の内製化も図った。結果、ほぼすべてのケースを自社で製造できるようになり、外装の完成度は大きく高まった。それは19年に発表された、「サントス ドゥ カルティエ」を見れば明らかだろう。また内製化により、凝ったスマートリンクブレスレットを採用できるようになった。
外装の高い完成度は、良好な鏡面を持つベゼルが示す通りだ。また、ケース側面の筋目仕上げも密になり、リュウズに被せる防水キャップを支えるプレートはケースに埋め込まれた。その収まりの良さは、加工精度の高さを示している。正直、かつてのパシャ(とりわけ2000年代までのもの)はお世辞にもケースの出来が良いと言えなかったが、カルティエは、その遅れを一挙に取り戻したと言える。
デザインは、かつてのパシャをほぼ忠実に踏襲している。ただし、ベゼルが固定式になった結果、風防を支える「縁」が細くなり、ベゼル自体に、パシャ C初期型のような軽いコンケーブ(これは実に好ましい)が施された。このコンケーブと、裏蓋側に向けてわずかに絞ったケースの側面により、新しいパシャは、時計全体がずっと立体的に見える。わずかな変化だが、複雑なケース形状もまたケースの内製化がもたらした恩恵だろう。
普段使いに向くCal.1847MCを搭載
搭載するムーブメントは、「クレ ドゥ カルティエ」以降、カルティエの基幹ムーブメントとなったCal.1847MCである。仕上げは兄貴分のCal.1904MCほど良くないが、高い拡張性は、今やこのムーブメントを、カルティエのみならず、リシュモン グループ各社のエボーシュにした。その特徴は大きくふたつ。メンテナンス性の高さと、巻き上げ効率の高さである。設計は、Cal.1904MCなどを手掛けたキャロル-フォレスティエ・カザピ。
2019年、カルティエは、Cal.1847MCの脱進機を非帯磁の素材に変更した。具体的な数値は公表されていないが、カザピは「耐磁性能は1200ガウス」と述べる。この最新版を転用した新しいパシャは、昨年のサントス ドゥ カルティエ同様、高い耐磁性を持っているはずだ。新しいパシャは、留め金に磁石を使ったハンドバッグを好む女性でも、普段使いできるに違いない。
もっとも、この傑出した時計にも弱点はある。ムーブメントのCal.1847は、リシュモン グループが言うところの「マジッククリック」、つまり爪で巻き上げるラチェット式の自動巻きである。この巻き上げ効率は非常に高く、事実上、手巻きの必要がない。そのため今回も、リュウズキャップに覆われたリュウズは大きくない。前作よりもリュウズの指あたりは良くなったが、小さなリュウズは巻きづらく、時間を合わせづらい。巨大なキャップを被せる以上、リュウズを大きくできないのは分かるが、この点はやや残念だ。
サントス ドゥ カルティエ譲りのスマートリンクブレスレットと高い耐磁性能、そして良質な外装を合わせた新しいパシャ(とりわけ35mmモデル)は、パシャの完成形といって良いだろう。見た目こそ従来のパシャに似ているが、出来栄えは大きく異なる。41mm、35mm、いずれも小気味よい高級時計だが、個人的には日付がなく、そしてケースにムーブメントがいっぱいに詰まった35mmサイズをお勧めしたい。このサイズならば、奥さん、または彼女と共用できるというのもミソである。かつてパシャを持っていた人は、一度は見た方がいいよ。見ればぐっとくるから。
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