昨年から、スポーツウォッチ路線を強調するようになったパネライ。そんな同社がルミノール70周年で取り組んだのが、新素材である。中でも興味深いのは直接金属レーザー焼結方式(DMLS)でチタンケースを生成した、ルミノール マリーナ DMLS– 44 MMだ。
Text by Masayuki Hirota(Chronos-Japan)
新時代のスポーツウォッチ
新CEO、ジャン=マルク・ポントルエの就任以降、大きく方向性を変えたパネライ。賛否両論はあるが、少なくとも新時代のスポーツウォッチとしての立ち位置を明確にしつつあるのは間違いない。
現在、ヴァルフルリエ製エボーシュをパネライ向けに改良したOP系をのぞき、パネライの自社製ムーブメントは、すべて耐衝撃性の高いフリースプラングテンプと、最低3日間の長いパワーリザーブを持っている。これらが極めてスポーツウォッチ向けであると思えば、パネライが、「ルミノール」から、ダイバーズウォッチの「サブマーシブル」を独立させて、スポーツ路線に思い切って舵を切ったのは当然だろう。
スポーツ路線を強化した「ルミノール」
2020年は、定番モデルの「ルミノール」をてこ入れ。その方法論も、昨年に同じくスポーツ路線の強化である。新作に共通するのは、スポーツウォッチらしい新素材の採用。中でも個人的に面白いと思ったのは、直接金属レーザー焼結方式(DMLS)でチタンケースを生成した「ルミノール マリーナ DMLS– 44 MM」である。
ルミノールのケース
2012年の3月18日に、リシュモン グループは「Method for producing a watch case middle of reduced weight」という名称で、3Dプリンタを用いた中空ケースの製造方法で特許を取得した(EP2485099A2)。なお3Dプリンターを用いた直接金属レーザー焼結方式ことDirect Metal Laser Sintering(DMLS)製法は、ドイツのEOS GmbH社が開発したもので、同社はこの技術で2006年に特許を得ている。
なおケースを中空にするというアイデアは、それ以前にも存在した。例えば、スウォッチ グループ。同社は貴金属ケースのコストを下げる中空ケースの製造法で特許を得た。もっとも、スウォッチ グループは、この先進的な手法を、貴金属ケースのスウォッチのみに用いたようだ。対してパネライの試みは、コストを下げるためではなく、ケースを軽くするためのものである。特許資料には次のようにある。「ケースミドルは、同じ外部形状を有するが、内部空洞を有さないケースミドルよりも、少なくとも材料が25%少ない」。
2016年、パネライはDMLS製法を用いたチタンケースを「ロ シェンツィアート ルミノール 1950 トゥールビヨン GMT チタニオ - 47mm」に採用した。ケースの見た目は既存モデルに同じだが、グレード5のチタンパウダーを200/400Wのファイバー光学レーザーで焼結させて0.02mmの層を作り、それを幾重にも重ねてケースにしている。中身を中空にできるため、本作のケースは、従来に比べて40%も軽くなった。また、非常に複雑な内部形状を作ることができる(パネライの関係者は、中がハニカム構造になっていると述べた)ため、理論上は高い張力と、耐ねじれ性を備えている。
2020年、パネライはこの凝ったDMLS製法を高価なロ シェンツィアートではなく、普通のルミノールに採用した。プレスリリースによると、重さはストラップを含めて約100g。重さ(軽さ)に無頓着だったパネライだが、本作では一転して、軽さを強調して見せたのである。2018年のロ シェンツィアートのように、地板と受けをチタン製に変えたらさらに軽くなったはずだが、価格もさらに上がったはずだ。
たった270本とはいえ量産に踏み切れた理由は、DMLS製法が進化したため、と推測できる(なお、ミドルケースのみDMLSチタンのPAM01662はレギュラーモデルだ)。情報は開示されていないが、データから推測したい。2016/18年のロ シェンツィアートは、3Dプリンタで積層される幕の厚みが0.02mm(20ミクロン)だった。対して2020年のルミノール マリーナ DMLS– 44 MMは、0.03mm(30ミクロン)とわずかに厚い。数値を見るとたった0.01mmの違いだが、一回の積層量は150%に増えた。つまり、ひとつのケースを作るための積層の回数は少なくなったはずで、結果、生産性は高くなった、と考えてよいのではないか。もっともこれは仮説である。
ロシェンツィアートのチタン製の中空ケースは、パネライのハイエンドモデルに倣って、筋目仕上げが与えられた。対して本作は、マイクロサンドブラステッドチタンケースである。筋目仕上げを与えることは難しくなかっただろうが、むしろパネライは、この製法の先進性を、分かる形で示したかったのではないか。実物が見れないため、写真を見たのみでの感想になるが、複雑なケース形状にもかかわらず、サンドブラスト仕上げは均一に施されている。
70年保証
このモデルは、中空ケース以外にもいくつかの目新しい特徴がある。ひとつは70年保証。70年間メンテナンス不要ではなく、保証がついている。どうやって70年もの保証を実現するのか不明だが、今のパネライらしい、思い切った試みと言えるだろう。なお、50でも100でもなく70なのは、今年がルミノール70周年だからである。
スーパールミノバ「X1」
そしてもうひとつが、スーパールミノバ「X1」の採用である。パネライ曰く、新しい蓄光塗料を、文字盤と針だけでなく、リュウズガードとその受け、風防のフランジ(見返し)、リュウズにあしらったとのこと。加えてストラップのステッチ(!)も発光するというから、夜見たら、時計はピカピカ光るに違いない。昔からのパネライファンは好まないだろうが、筆者は文字盤全体がルミノバであってくれれば、と思うほどの夜光ファンだ。こういった打ち出しは大歓迎だし、本作のように、決して奇抜でないものであればなおさらだ。
もっとも、いくつかの疑問はある。新しいスーパールミノバ「X1」は、従来通りのアルミナを主体とした酸化物であるはずだ。そのため、文字盤や針といった、密閉されたケース内では使えるが、ケースやリュウズといった外部に使うのは難しいだろう。そもそもの開発元である根元夜光は「特殊処理を施せば、直射日光下での屋外使用も可能」と記しているが、時計のケースなどに使われた例は、筆者の知る限りまだない。パネライは何らかの処理を施しているはずだが、詳細は不明である。
『クロノス日本版』も高く評価する、パネライのムーブメント「Cal.9010」
一応、搭載するムーブメントにも触れておきたい。自動巻きのCal.9010系は、OP系をリプレイスするために作られた、Cal.9000系の後継機である。フリースプラングテンプと、約3日間の長いパワーリザーブを持つほか、マジッククリックの採用により、巻き上げ効率もかなり良好だ。これらの要素は9000系に同じだが、ムーブメントが約2mm薄くなった結果、ケース厚は15.56㎜(レギュラーモデルのPAM01662は14.2mm)に抑えられた。今の基準からすると十分厚いが、パネライとしては薄い部類に入るし、ケースの軽さを考えれば、おそらく装着感は快適に違いない。
パネライらしさを残しつつも、巧みに今のスポーツウォッチに脱皮したルミノール マリーナ DMLS– 44 MM。実物は未見だが、今までのパネライを考えると、本作も魅力的な時計と考えて、まず外れはないだろう。webChronos及び本誌では、サンプルが入荷次第、改めて本作を取り上げる予定だ。
https://www.webchronos.net/2020-new-watches/44695/
https://www.webchronos.net/news/40650/